イタリア・南仏旅行(6)ジェノヴァ

このLa Rossolaというホテル、テラスから地中海が見え、WiFi完備、プールもあってなかなかの当たりだったのだが、不思議なことに道の途中にボナソーラのゴミ処理場がある。

なんでこんな景色のいいところにゴミ処理場を建てるのか、他所者には理解し難い。しかし、他にも海岸をのぞむ崖っぷちにゴミ収集所を設置している自治体を見たということは、イタリア人は風光明媚な場所にゴミ処理場を建てるのが好きなのか?

これはホテルの写真

この日はジェノヴァまで足を伸ばすことにした。前日、あちこちで高速道路の標識の他にVia Aureliaという標識を何度も見かけたのだが、調べてみると(WiFi バンザイ!)これはローマと南仏属州をつなぐ由緒あるローマ時代の主要街道。今でもイタリアの国道一号線なのだそうである。よって、このVia Aureliaをたどってジェノヴァに行くことにした。

と、思ったものの、この辺りはVia Aureliaは山の中のヘアピンカーブ続きで、山道走行に飽きたドライバーは高速道路に撤退。ジェノヴァの少し手前で高速を降りて、Via Aureliaに復帰し、市内の賑やかなあたりで車を停めて昼食。適当に海岸沿いのシーフードレストランに入ったが、なかなか美味しかった。ちなみに「当店では乳製品は使いません」とのことで、オイルはオリーブオイルのみ、チーズもバターもなし。

レストランの外観(左のパラソルがたくさん出ているところ)

レストランから見た地中海。猫の額ほどの狭い砂浜だが、無料海水浴場らしく、結構混み合っていた。

帰りはVia Aureliaをずっと南下。ジェノヴァの南は次から次へと海岸沿いにリゾートタウンが広がる。第一次世界大戦後に結ばれたラパロ条約のラパロというのも、そのひとつ。

イタリア・南仏旅行(5)学会終了

約一週間の学会も終わり、ほとんどの参加者は早朝からバスで空港に連れられて行ったのだが、こちらはこれから一週間のフリータイム!

まずはわたしの長年の懸案であったフィレンツェへ。今度は間違わずにルッカから高速に乗り、フィレンツェに無事到達したものの、市街は観光バスだらけ。同居人が「どこかに車止めて、歩いてみる?」と言うものの、「いや、こんな観光客だらけの中歩くのは、絶対いや!」と言ったら、「いいところがある」と連れて行かれたのが旧市街をのぞむ丘の上。Piazza Michelangeloと呼ばれるこの広場は、19世紀後半に作られたものらしい。

わたしにとって格別に思い入れのある土地は、季節はずれに一人で鬱々と訪ねるべきところで、同行者に急かされながら「観光」して回るべきところではない。こんどは絶対、季節はずれに一人で来るぞと心に決め、フィレンツェを後にしたのだった。

内陸がダメなら海岸があるさ、と再び高速に乗って地中海側へ。途中、Vinciという看板の出ている出口があったが、あれはどうやらヴィンチ村の最寄りの出口らしい。こんな地名が当たり前のように登場するところがいかにもトスカナと言うべきか。今回の旅行で形成されたわたしの「現代イタリア」のイメージというのは、2000年以上昔から続く大金持ちの先祖の遺産を切り売りして暮らしているtrust fund kidというところ。

ピサよりも北に行きたいという同居人の意見に基いて、ヴィアレッジョのあたりで高速を降りたのだが。。。

青信号の点灯している料金所の有人ブースに行ってみたら「ストライキ中」の張り紙があり、誰もいない。そのくせ、ゲートは開いたままになっていたので、何も払わずにそのまま高速から出てしまった。(これも後になって防犯カメラか何かからナンバープレートを読み取って、反則キップが送られてくるのだろうか?でも、ゲート開きっぱなしだったしね。係員の確信的犯行だと思うのだけど。)

さて、海岸沿いの道路を走ってみたら、どこもここもレストランとホテルと海水浴場のオンパレード。週末(金曜日)ということもあったせいか、人ごみが途切れることなく続く。果たしてこの混雑は南仏まで続くのだろうか?いやいや、もう少し北に行けば、混雑してない場所があるに違いない、とどんどん北上してるうちに、ラスペツィアに到達してしまった。(途中のカラーラなどは、さすがに世界に名だたる大理石の産出地だけあって、歩道の縁石が大理石だったり、それなりに面白い経験だったのだが、何しろ海岸沿いは混雑しすぎ!)

ラスペツィアの近くのガソリンスタンドのオッチャンの情報によると、この先は海岸沿いには道は通じてないという。(これが有名なチンクェ・テッレだと知るのは後のこと。)そこでなるべく海岸に近そうな内陸(山の中)の道を走り、海の方に道が通じているところを探すということを繰り返していたら、ボナソーラという街のはずれにホテルの看板が。「これ、ちょっと良さそう」という同居人の(全く根拠のない)直感で、矢印を辿って行くと、地中海をのぞむ山の中腹に建てられたホテルに到達したのだった。


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イタリア・南仏旅行(4)バルガ

この学会はなかなか参加者の「都合」をよく理解してスケジュールが組まれており、朝は9時から、夜は8時までに終わり、そして毎日午後には十分な昼休みが設定されている。(夜は11時くらいまでミッシリ詰まっているコールドスプリングハーバーなどとは大違いだ。)初日の昼休み、川向かいのバルガという古い街を見物に出かけた。


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バルガの歴史・地理に関しては、ウィキペディアに簡単な記述がある。→

目当ては城壁に囲まれた旧市街と、その一番高い位置にある聖堂。

城壁

城門

聖堂をバックにした旧市街

イタリア・南仏旅行(3)ルッカへの道

いよいよ今回の旅行の主目的である学会へ。学会のウェブサイトにはルッカから会場への詳細な道順が示されていたのだが、ピサからルッカへの道順は単に「高速に乗って、ルッカ出口で降りる」としか書かれていない。レンタカー屋の窓口でもらった地図は、一枚の地図(の裏表)にイタリア全土が載っている、ごく大まかなもので、概略しかわからない。(そもそもこの地図の赤い線が主要国道、緑の線が高速道路であることを理解したのは、一週間以上たってからのことだった。えっ、ケチケチせずに地図くらい買えって?)

前日、ホテルを探して反対方向に走った際、道端に「ルッカ」という標識が出ていた記憶があったので、それを頼りに出発するも、すぐに迷子に。道端の標識には隣町への矢印が出ているが、わたしの持っている大まかな地図にはそんな小さな町の名前は見当たらない。しかしそんなことでめげるような同居人ではない。道行く人に「ルッカ、ルッカ」と叫びかけ、「ずっと直進 (sempre dritto)」「右折 (a destra)」「左折 (a sinistra)」だけを頼りに、高速を通らずに本当にルッカに到達してしまった。(あと交通関係のイタリア語で重要なのは、「一方通行 (senso unico)」。これだけのイタリア語でどこでも運転してしまうのである。)


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学会の会場は、ルッカの北の山腹に位置するリゾート。オレンジの匂いのする花が咲き乱れ、盆地を一望する絶好の立地条件にある。まるでゲーテの「ミニヨンの歌」(Kennst du das Land, wo die Zitronen blühn?)の世界。なるほどヨーロッパ北部がイタリア、それもトスカナ地方に強い憧憬を抱くのも一理あることなのだと思わせる。こんなところで一週間過ごせるとは、やっぱり高い交通費払って来ただけの値打ちがあったw

ホテルの本館

プール

ホテルのテラスからバルガをのぞむ

オレンジの香りの花(この写真はジェノヴァで撮ったものだが、イタリア中、行く先々で見かけた。あと、多かったのが夾竹桃。)

イタリア・南仏旅行(2)ピサ

さてなんとか無事にピサにたどり着き、レンタカーを借りてホテルに向けて出発したのだが。。。

出発前にホテルの場所をグーグルマップで確認したら、空港から半マイル、一本道だったので楽勝だと思っていたら、空港の周囲はロータリーと高速道路に囲まれており、どうやったらホテルにいけるのかまるで見当がつかない。レンタカーオフィスのお姉さん(きれいなブリティッシュイングリッシュを話すイタリア人のお姉さん)は、「そのホテルは高速の反対側にあるから、いったん高速に乗って、次の出口で降りて」とか言ってたのだけど、最初に乗ったのは反対向き、気を取り直して引き返して来ても、どうもホテルが見つからない。うろうろしているうちにピサの市内に入ってしまい、「どうせなら斜塔でも見に行こう」ということで、ホテルも見つからないうちにピサの斜塔見物に行くことになってしまった。

これも、ガイドブックや地図があるわけでなし、わたしのiPhoneはいちおう国際データローミングの契約はしてきたけど、あまり気前よくグーグルマップやGPSを使うと、すぐにデータ使用上限を突破する恐れがあったので、ひたすら同居人のカンと、古い記憶(大昔、斜塔に行ったことがあるらしい)と、ニセイタリア語と、時折道端に現れる斜塔の看板を頼りに適当に走っていると、なぜが本当に斜塔にたどり着いてしまった。

あとで知ったのだが、イタリアの都市は、旧市街は一般車立ち入り禁止のところが多く、ピサもそうらしい。斜塔の近くまで車で乗り入れたので、あとになってレンタカー会社経由で反則キップが来るかも。

斜塔見物のあとは、「どうせなら地中海を見ながら食事をしよう」ということで、海岸沿いのレストランに。夏至直前で午後9時過ぎても明るいので、食事をしてからでもホテルを探す時間は残されている。

不思議なことに帰りにはすんなりとホテルが見つかり、かくしてイタリア初日は無事に幕を閉じたのだった。


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イタリア・南仏旅行(1)

学会のため、イタリアに出発。オマハからヨーロッパに行く直行便などというものは当然ない。今回の行程はオマハ – デトロイト – パリ – ピサ。


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オマハの空港にて。オマハに初めて来る人は、この竜巻シェルターの表示を見て、「トンデモナイところやな」という感を深くするらしい。

航空会社はエールフランス。こんな目も覚めるようはドギツイ青の食事用トレーなんて初めて。

ちなみにエールフランスだからと言って機内食が美味しいわけではない。(食事のことについては、追々と書く。)

それにしても、日本に行くことを思えば、北米とヨーロッパは近い。映画を2本(1本はLes Adieux a la Reineというマリー・アントワネットと読書係の女性のレズビアン臭ムンムンのコスチュームもの。もう一本はなんと「三丁目の夕日」!こんなものがエールフランスの機内映画に入っているとは!)見てたら、ほとんど寝る時間がなくなってしまった。

パリで一旦パスポートを見せたら、パリ – ピサ間は国内線扱いで、場末のターミナルにバスで移動。出発20分前にゲート表示が出るだけで、ほとんどアナウンスなし。時差ボケで眠いのを我慢して待つこと約3時間。ようやくたどり着いたピサの空港は、空港のすぐ側に普通の住宅が建っているという長閑なところだった。アメリカではヴァーモント州バーリントンの空港が民家がすぐ側に建っていたが、ピサの方は本当に隣接している。こんなところに落ち着いて住んでいられるということは、よほど便数が少ないのか。それにしてもピサの空港はイタリア空軍の基地でもあるらしいのだけど。