トッカータとフーガ

Twitterでオルガンのことをつぶやくと結構反響がある。パイプオルガンに興味ある人って思いのほか多いらしい。

さて、オルガンといえばバッハ、バッハのオルガン曲といえば真っ先に思い浮かぶのが BWV 565 のトッカータとフーガ。(チャララ〜ン、チャララララン、ラ〜ンってやつ。ウィキペディアの該当ページで聞けます。)しかしこれには偽作疑惑があるらしい。一説によると、元は d moll のオルガン曲ではなく a moll のヴァイオリン曲だったのを、後世の作曲家がオルガン向けにアレンジしたのではないかと。疑惑の根拠の一つは、バッハのオルガン曲にしては構成が単純すぎるということらしい。たしかに楽譜を見ればよくわかるが、ペダルが動いている間は手は休み、とか、バッハにしては妙に弾き手に優しい構造になっている。基本的にバッハの鍵盤楽曲というのは、単純そうなセクションでも弾き手は一瞬たりとも気を抜けない意地悪なのが普通なので。

このヴァイオリン版、なんと YouTube で聞けます。 Vanessa Mae とかのポップ的ヴァイオリンじゃなくて、バッハ偽作説に基づいて再構築された a moll のやつが。聞いてみるとこれは元々ヴァイオリン曲だったという説が妙に信憑性を帯びてくるように思えるのですが、どうでしょう?

オルガンデビュー

今日のミサの前奏でオルガンデビュー!と書くと格好いいが、実はヒヤヒヤしながらようやく最後まで弾いたという感じ。

オルガン、特に教会にあるようなパイプオルガンは、ほとんどがカスタムメイドのせいか、ペダルの間隔が楽器によって違ったりする。うちの教会の聖堂内のオルガンは、練習用オルガンよりペダルの幅が広い。ペダルは目で見ないで、位置を体感覚として覚えて演奏するので、(実際には先生の目を盗んでチラ見するのだが)その間隔が変わるというのは習い立ての初心者にはありがたくない。しかも一回踏み損ねると、音をはずしたことの焦りと、そこから次のペダルへの位置関係がずれてくることによる焦りが重なって、なかなか辛い。オルガンの先生に「音をはずしても、止まらずに知らん顔して前に進む練習をするのよ。」と言われたけど、たしかにそれは大事かもしれない。

今日弾いたのは、アドベント(待降節)ということで、 Nun Komm der Heiden Heiland に基づく小品二曲、バッハの Orgelbuchlein (BWV 599) とスウェーリンク。バッハの方は YouTube にたくさん出ている。スウェーリンクは後期ルネサンスからバロックに分類されるオランダの作曲家で、こんな感じ。こっちはペダルがないので、これを選んだのは正解だったと思う。

オルガンのこと(その2)

聖歌隊のディレクターは本業オルガニストなのだが、彼女自身は現在は新しいオルガンの生徒は取っておらず、わたしのオルガンの先生は、別の人である。

6月にはじめてオルガンのレッスンを受けたとき、「どうしてオルガンを習いたいのか」と尋ねられた。教会がやってる音楽個人レッスンなので、模範解答は「典礼奉仕をしたいから」なのかもしれない。でも、あまり口から出任せでそんなことを言うのも何かと思ったので、「バッハのオルガン曲が弾きたいから」と答えておいた。(個人的にはバッハは弾くのは面白いが、趣味的に一番好きなのは後期ロマン派あたりである。マーラーの音楽などは、あのどよよ〜んと長いのにどっぷりと浸ることができるが、バッハの場合はどうもしゃんと背筋を伸ばして聞かないといけない気がして、だら〜んと浸るわけにはいかない。)

しかしこれまで知らなかったけれど、オルガンの世界では、バッハというのは完全に他とは別格の扱いなのですね。なにしろ、「バッハ以前」と「バッハ以降」で演奏テクニックすら異なるのである。ピアノではバッハといえどもここまで別格ではないものね。

そろそろペダルのある曲を弾いてもいいんじゃないというので最近取り組んでるのは、バッハのオルガン小品集 (Orgelbüchlein) のコラール前奏曲。Orgelbüchlein とは文字通り訳せば「ちっちゃなオルガンの本」という意味だが、(その上ご丁寧にもバッハは「初心者のための」と断り書きをつけている!)その可愛らしい名前とは裏腹に、短い単純そうなコラールが、これが手と足を同時に動かすとなると結構手強い。片足でオクターブ跳躍することに比べれば、平均律の4声のフーガの方がましだわ、とか思いながら悪戦苦闘中なのである。

Orgelbüchlein の Wikipedia ページ(英語)
Orgelbüchlein 楽譜
Orgelbüchlein 演奏(オルガン)(リンク先で Orgelbüchlein をクリック)