寝クリスマス

日本には寝正月という素晴らしい単語があるけど、英語にはそれに相当する語彙がない。でも、今年のわたしのクリスマスは正に寝クリスマス。

イブの夕方5時のミサでオルガン弾いて、聖歌隊の真夜中のミサは11時から前奏、ミサが終わったのは1時半、次の朝、7時半のミサでまたオルガン弾いて、最後の止めは聖歌隊の9時半のミサ。ヘロヘロになって家に帰って来て、昼過ぎまで寝直しましたわ。午後は長らくの懸案であった犬の洗濯とクリスマスカード書き。

うちはクリスマスの飾り付けもクリスマス・ショッピングもしないので、練習するオルガンの曲がクリスマスモード全開になる(もちろんBWV 659のNun komm’ der Heiden Heilandも弾きましたわよ)以外には全くクリスマスの雰囲気がないのだけど、オルガンを弾いている教会の神父さんから、十字架をプレゼントにいただいた。

これは、そこの教会のクリスマスの飾り付け。

クリスマス!

クリスマスイブの深夜ミサが終わって家に帰ってきたのが午前2時。最近、深夜ミサを早めに繰り上げる教会も多いらしいが、うちはご丁寧に11時から前奏、ミサの開始は本当に午前0時。クリスマス当日は朝9時半のミサのために8時半集合。家に帰って犬といっしょに爆睡。

先週、教会でこんなのを配ってたので、一つ貰って来た。

これは昔の東欧の家庭のクリスマス風景。封筒になっていて、中にこんなのが入ってる。

降誕の光景を描いた薄い煎餅のようなもの。これはベツレヘムの星と聖母子と子羊。ミサで使われるホスチアと同じ素材で出来ている。

ポーランド、スロヴァキア、リトアニアあたりの東欧のクリスマスイブに供され、オプラトキと呼ばれる。失われつつある東欧の伝統を次代に伝えようということで、ここ数年、うちの教会ではわざわざ無料で配布するようになったらしい。中西部には実は東欧系の人がかなり多いのである。

うちの同居人はスロヴァキア系3世で、例年、クリスマスイブにはクリーブランドのスロヴァキア系の教会(聖ウェンドリン)の信徒会館(日本の小学校の体育館か講堂くらいの広さ)で親類縁者が集まって大クリスマスパーティーをしていたので、そこでは必ずオプラトキが供され、蜂蜜をかけて食べていた。別に教区全体のパーティーではなく、一家族のためだけのパーティーで、どうしてクリスマスイブという特別な日に、特定の、それも別に地元の名士でもない普通の家族が毎年、教会の信徒会館を専有することができたのか不思議なのだが、同居人の兄弟姉妹、それぞれの家族、それに同居人の従兄弟たちとその家族、と100人規模のパーティーだった。日本ではクリスマスはケンタッキーフライドチキンを食べる日なんだそうだけど、スロヴァキアのクリスマスイブは、スープにピロギと呼ばれる団子、ザワークラウトだとか、魚の入ったキャセロールとか、そういったものがメインだった。

20世紀初頭には、鉄鋼をはじめとする工場労働者としてクリーブランドに多くのヨーロッパからの移民が流入し、民族ごとに集まって住み、教会を建てた。昔のヨーロッパもそうだと思うが、当時のアメリカにおける教会というのは、信徒の子供たちのための学校を経営し、放課後の課外活動の場を提供し、単なる宗教施設ではなく、完全に生活の一部だったのである。しかし移民たちがミドルクラス化するにつれて、多くの家族は郊外に移り住み、市内のエスニックな教会は十分な信徒数を確保できなくなった。聖ウェンドリンも、新たに市内に移り住んだ中南米系のカトリック信徒の数が増え、スロヴァキア系の教会としてのアイデンティティを確保するのが難しくなり、数年前に司教の決断で付近の教会と教区を統合、約100年にわたる歴史を閉じた。

時代の移り変わりである。