マリー・アントワネットのオルガン

オルガン協会の月報をパラパラめくっていたら、こんな記事が目についた。
Marie-Antoinette’s orgue du Dauphin

「マリー・アントワネットの『皇太子のオルガン』」シャルル=マリー・ヴィドールという19世紀後半から20世紀初めにかけて活躍したフランスのオルガニスト・作曲家が1899年に書いた記事を英語に翻訳したもの。ヴィドールの作品で有名なのは、結婚式の退場の音楽としてよく使われるオルガン交響曲5番のトッカータ。リンク先の英語のウィキペディアページに音源がある。

概要は以下の通り。後半部分は大幅に端折ってあります。

1804年、サン=シュルピース教区は、ルイ15世様式の中古のオルガンを購入した。エレガントな装飾が施され、王家の紋章のついたそのオルガンは、1793年にトリアノンから出たものだという。楽器としてはまずまずの状態だったが、鍵盤はオリジナルでないことは明らかだった。王家のオルガンなら、鍵盤は象牙か真珠層で被われていたに違いないが、この楽器の鍵盤は削った骨で被われていたからである。オリジナルの鍵盤はドミノの牌かオペラグラスにでも転用されてしまったのだろう。

2年前(この原文が発表されたのは1899年だから、1897年か?)、筆者がカヴァイエ=コル(19世紀フランスの天才オルガン建造家。詳細はこことかここを参照。)のワークショップを訪ねたとき、倉庫の隅にローズウッドの枠組みに象牙の象嵌とフランス王家の紋章の入った鍵盤が埃を被っているのを見つけた。カヴァイエ曰く、「あれはヴェルサイユのチャペルのオルガンの鍵盤ですよ。オルガンを修理したときに鍵盤は付け替えるしか方法がなかったのでね。あの古い鍵盤は焚き付けくらいにしかなりませんよ。」焚き付けだなんてとんでもない!筆者はオルガン建造家から鍵盤を貰い受け、それをマリー・アントワネットのオルガンに付け替えるよう説得した。

昨年10月、ヴェルサイユのチャペルのオルガンの鍵盤が、マリー・アントワネットのオルガンに取り付けられたという記事が新聞に載ると、筆者はヴェルサイユ宮殿博物館の学芸員、ノラーク氏から連絡を受けた。「このマリー・アントワネットのオルガンとやらは一体何なんですか?どうしてヴェルサイユのチャペルのオルガンの鍵盤が、わたしの知らない間にパリに流出したのです?そもそもマリー・アントワネットがオルガンを作らせたという記録は、王家の出納簿には記載がないのですけどね?」

筆者は、このオルガンの由来に関しては、古物商から聞いたという話と、楽器の様式から推測できる以上の知識は持ちあわせていなかったので、真相を探るべく、ノラーク氏に現物を見てもらうことにした。

氏の鑑定によると、これは当時の記録から見て、皇太子、すなわちルイ15世の息子、ルイ16世の父のために作られたオルガンに違いないという。皇太子は音楽を愛好し、妃のマリー・ジョセフはバッハのパトロンでもあったザクセン選帝侯の娘だったから、内輪の音楽会では偉大なるセバスチャンの作品も演奏されたのかもしれない。皇太子は1765年に病気で亡くなり、妃も15ヶ月後にそのあとを追った。記録によるとこのオルガンは夫妻の死後、ヴェルサイユのサン=ルイ教区に寄贈されたというが、筆者としてはオルガンはサン=ルイに移されることはなく、1770年か1771年に新しい皇太子妃マリー・アントワネットのためにトリアノンに移されたのだと考えたい。当時のサン=ルイ教区の記録には、オルガンの維持費の記載がないことからも、これは妥当な推測だと思える。トリアノンの日常に、音楽は大きな部分を占めていた。1789年10月5日、パリの群衆が押し寄せてくるまでは。

(後記:1975年、このオルガンはヴェルサイユ宮殿に移され、現在はそこで見ることができる。)