さようなら、Gigi

先週の木曜日、Gigiが亡くなった。うちに来たのが2009年の秋だから、7年弱のお付き合い。生年月日不詳でレスキューサイトの情報では当時2歳くらいということだったが、獣医さんの見立てでは5歳くらいではないかということだった。

来たばかりの頃

Gigi

この窓際に座ってたのは来てすぐの頃だけで、その後の定位置は同居人のデスクの側の椅子、通称「オフィス」

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同居人が大好きで、留守の間はこうやって椅子の背から外を眺めて同居人の帰宅を待つことが多かった。

一年くらい前からあまり椅子の背に登らなくなり、最後に登ってるのを見たのは去年の11月。

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時々消化不良(?)で夜中に起きだして外で草を食べたがるのを除いてはこれといった病気もせず、手間のかからない子だった。

昨秋に頭のてっぺんに腫瘍があるのを見つけ、今年に入って目立って大きくなってきたので3月はじめに獣医さんのところで切除。マージンもはっきりしていたので悪性の可能性はまずないだろうと思っていたが、いちおう組織でも良性とのことだった。

調子が悪くなりはじめたのはその一ヶ月後くらいからか。4月末には灰白色の血便が出たので消化管疾患を疑ったが、不思議と食欲は普通通り。様子を見ているうちに症状は消えた。この様子ならもうちょっと長生きしてくれるかなと思っていたのだが、考えてみれば尻尾もほとんど振らなくなったし、大好きだったドライブの車の登り降りが大変で、あまり積極的に出かけたがらなくなった。「オフィス」も椅子の座部に上がるのが困難になった。5月には裏のパティオに出るドアを開けておいても、ペットドアを通るのが面倒らしく、適当に思いついたところでトイレをするように。(本犬なりに自分のテリトリーを汚さないようにする努力はしていたようであるが。)階段を登るのはまあまあ大丈夫でも、下りるのが危なっかしいので、毎朝ベッドから抱えて外に連れ出し、用を足させる必要があった。運動しないのに食べる方は健在だったから抱えるとずっしり重く、こちらまで階段を踏み外しそうになったことも。ネットで見ると、亡くなるまで何年も介護したという話もあり、うへ〜、これが年単位で続くのか〜と思っていたら、水曜日(6月8日)の午後あたりからひどく不穏に。

その日も朝ごはんは普通に食べたのだが、わたしの不在中に嘔吐したらしい。それまで一日中ほとんど動かずにベッドで寝てばかりだったのが、この日はウロウロと家中を歩きまわり、ペットドアを通って出入りもした模様。夜になっても不穏はひどくなるばかりで、抱いてやっても何かに怯えるかのごとく家具の隙間に入り込もうとする。思い返してみれば、独立記念日の花火のときの行動にそっくりだった。花火の音に怯えて逃げようとして家具の隙間に入り込もうとするのだが、どうやっても逃げられず、不安でハアハアと舌を出して過ごすのが恒例だった。ある年(三年前?)には花火の中、外に出た隙に脱走して、大通りの近くで親切なおじさんに保護されたこともあった。

とにかくこれでは人間の方も寝られないので、キッチンの床から危険そうなものを全部取り除き、普段は開け放しのキッチンのドアを閉めて閉じ込めたのだが、キッチンを徘徊しているうちに角にぶつかって前進できなくなると悲壮極まりない声で泣くのでこちらも目が覚める。好きなだけ徘徊させれば疲れて寝るだろうとおもいきや、疲れるとその場でバタンとクラッシュしてイビキをかきはじめるのだが、長く続かず、すぐに目が覚めて徘徊を再開する。こんなに歩き回れば喉が渇くだろうと水をやると、狂ったように水を飲み始め、そしてすぐに嘔吐。角がなければぶつかる心配もないということで同居人が空のバスタブの中で徘徊させようとしたのだが、どうも本犬のサイズに対してバスタブが小さすぎるためか、うまくいかず。犬も人間も眠れぬ一夜を過ごした直後の姿がこちら。

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パティオから庭に下りようとして階段を転げ落ち、パティオの柵から身を乗り出して飛び降りようとするので、決して外に出さないように同居人に厳命して仕事に行ったのだが、昼過ぎに「Gigiが死にそうだ」と電話がかかってきた。しばらくしてもう一度電話。「死んだよ。」

今年初の熱波の中、同居人に迎えに来てもらって家に着いてみれば、ようやく徘徊を止めたGigiはまだ暖かかった。

夕方、少し気温が下がるのを待って埋葬。

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こうして見ると、等身大のぬいぐるみみたいだね。

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お墓には前日の食べ残しのご飯と、以前歯を磨いているときに抜けた歯と、あちらでお小遣いが必要かもしれないのでコインをいくばくか、入れてやった。

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さようなら、Gigi。 We miss you.

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オルガン

土曜日の夕方のミサを弾いているSt Mary’sの神父さんが大の音楽好きで、とうとうトラッカーオルガンが入った。最初は新作を注文したかったらしいが、大司教の許可が下りず、人づてに中古のトラッカーを発見。一ヶ月ほどかけて古いオルガンコンソールを撤去し、(古いパイプはもともとクローゼットのようなスエルボックスの中に設置されていたのでそのまま残っている)新しいオルガンが入った。

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鍵盤二段にペダル、フルート16, 8, 4, 2 footとプリンシパルは4 footしかない小さなオルガンだが、うっとりするほど鍵盤のタッチがなめらか。ミクスチャーも効率よく組み合わせられているので、幅広い音色を作ることができる。

伴奏

聖歌隊は基本休めないことになっていて、あまりにコミットメントが多すぎて今シーズンは歌ってないのだけど、その代わり、ときどき伴奏をしている。実は伴奏の方が家で準備していかないといけないし、トータルの拘束時間は増えてるはずなのだけど、歌っているときほど気にならない。他人の失敗のせいで止められることがないからかな。

で、うちのmusic directorの旦那氏の教会で伴奏が連弾になっている曲をやるからというので、他所の教会の伴奏にまで登場。曲はAaron CopelandのThe Promise of Living.

Bach Collegium Japan

金曜の朝のオルガンのレッスンのときに、先生に「今日の午後は、St Mary’sの新しいオルガンを見に行くつもり」と言ったら、「あら、それは楽しみね。でもだめよ。今日はあなたはわたしと一緒にカンザス・シティに音楽会に行くのよ。」と。「古楽よ。バッハよ。マ… (よく聞き取れなかった)スゥズゥキよ。古楽の第一人者よ。」

古楽なんかオマハに絶対来ないので、それならわざわざカンザス・シティまで行ってもいいかなと思って曖昧にYesと答えたのだが、しばらくして、「あ〜、それってBach Collegium Japanやん!行く行く、絶対行く〜〜!」と気がついた。

The Friends of Chamber Music Kansas City主催、会場はJohnson County Community Collegeで、古楽をやるにはちょっと大きすぎたのが残念。とくにわたしの座っていたところからはトラヴェルソがほとんど聞こえず。しかしながら、少人数での出演にも関わらず、ブランデンブルグからカンタータまで幅広いプログラム構成で、大満足の音楽会なのであった。

評→http://www.chambermusic.org/press/bach-and-suzuki-perfect-pair

Popeのとばっちり

Popeがアメリカに来られても、こんな田舎にまでは影響がないだろうと思いきや!

うちのmusic directorが評議員をやってる関係で水曜日のWashington DCでのミサのチケットを入手

水曜日は聖歌隊のリハーサル日→代理を立てる→代理が家族の急用で来られない

急遽、別の代理を探す

この代理は「伴奏者がいるならけどやってもいいけど、自分が初見で伴奏するのは無理」

ということで、火曜日の晩、11時半に「明日のリハーサル、伴奏してくれない?」とテキストが来た。これでわたしもPope訪米の関係者だ!

Peaches!

別に目新しいことでもないのだけど、ここに書いておくと備忘録になるので。

今年は3年ぶりに桃が豊作。南側の黄桃は、3年前より少し味が薄く、全体的に小ぶりな印象。もっとしっかり枝払いをして、実も減らさないといけないのだろう。

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もう、ピークは過ぎている。

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地面に落ちた桃はすぐに発酵して、あたりは何やら強いにおいが。(落ちたものでも、傷のないものは人間さまがいただいている。)

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東側の白桃もなかなかの出来。ただ、なかなか完熟しないうちに地面に落ちてしまう。こちらの実は独特のバラの花のような香りがする。桃源郷とはこの桃の香りをかいだ人が言い出した言葉なのだろうか。

Pocket WiFi

二週間ほど日本に行って、先週帰ってきました。

昔は「旅行中なので音信不通です」で済んだのが、最近はそうもいかないので、今回はちょっと下調べして Pocket WiFi なるものを借りてみることにした。これがあると、スカイプを使って安く電話できると聞いたので。ローカルの SIM を使えという案もあったけど、電話の本体を開けて何か入れ替えるのが面倒なので却下(笑)。それに WiFi だとラップトップもそこからネットに繋げられるし。

かくして装備は以下の通り(「何を今更」という感じですが、わたしにとっては驚異的な近代化ですよ)

iPhone 5 (AT&T): 昔からの「データ無制限」プランだけど、アメリカ国外では適用されない。これに念のため、 AT&T Passport という海外旅行プランを追加。半年前、フランスに行ったときには必要な日数だけプランを買うことができたのに、それでは儲からないことに気づいたのか、現在は30日単位でしか買えない。その代わり、30日経ったら自動的に解約される。こういうものはしょっちゅう変更になるので、その都度確認が必要。

iPhone に Skype をインストールし、Skype credit を少々買う。これで普通の電話(固定、携帯)に電話できる。(Skype 同士の通話なら無料だが、普通の電話番号にかけるにはお金がかかる。でも、安い。)

日本の会社(今回はその名も「WiFiレンタル屋さん」という会社をトライ)から Pocket WiFi を借りる。ネットで注文、アメリカのクレジットカード使用可、空港郵便局や宿泊先で受け取り可。返却はゆうパックで郵送。(ゆうパックの封筒も一緒に送ってくれる。)

これだけの装備で、日本に着いたら iPhone の Cellular Data をオフに。電話は自動的に Softbank の回線を拾ったようだ。

初日のホテルで Pocket WiFi を受け取り、オンに。説明書きの通りに iPhone とラップトップの WiFi をその機器に接続して完了。

使用感は —

WiFi 経由で Skype でアメリカの固定電話や携帯電話にかけても、全く違和感なし。音声もクリア。日本の固定電話にかけたとき、ちょっと聞き取りにくいことがあったけれど、これは LTE の入りにくい場所だったためか、相手が内線電話だったせいかもしれない。

ただ、日本の電話番号の Skype Number を持っていなかったので、受信はアメリカの携帯番号にかけてもらうことになる。家族は普段からアメリカの番号にかけてくるからそれでいいのだけれど、他の人とのやり取りはメール、ツイッター、フェイスブックで。どうせ日本用の Skype Number を持っていても、日本の携帯メールとはやり取りできないらしいので(?要確認)、この方が間違いなくてよかったかも。

屋内での受信がいい、と言われる Y!mobile の機器を借りたのだけど、それでも高層マンションの中では使い物にならなかった。マンション内では、そこの WiFi を使わせてもらうことに。

総合して、「借りてよかった」と思います。

日本では「無料WiFi」と書いてあっても、前もって登録しておかないといけなかったり、専用ソフトをインストールしないといけなかったり、昔だったらWindows機種しか接続できなかったり、(十年まえ、昔の重たい iBook を抱えて喫茶店に入ったら、接続できなかった恨みは忘れない)とかいろいろ酷い目にあってきたので、それに比べると便利な時代になったなあというのが実感できました。

Southern France Organ Study Tour – 20

最初の予定ではツアーはパリ到着後、その週末をパリで過ごすことになっていたので、それに合わせて飛行機を予約したのだが、人数分のパリのホテルの確保が難しいということでパリ到着の晩にツアーは解散、あとは自由行動ということで週末が空いた。そこで帰りの飛行機まで二日間、パリをぶらぶらすることに。

パリは歩いて回る街だと思うのだけれど、同行者が長距離歩くのは嫌、美術館も嫌というので、セーヌ川沿いの主な観光地を回る観光船に乗る超お上りさんコースを。いったんチケットを買えば乗り降り自由。

切符

Batobus ticket

 

ノートルダム大聖堂の側で他の船とすれ違ったところ

Notre-Dame

エッフェル塔の側で下りた

Eiffel Tower

もう、どこに行っても人、人、人。観光船も超満員。

この日の晩はパリ郊外に住む旧友の家に招待されて(無理やり招待させた?)夕食を共にしたが、なにせこの春はずっとお天気がさえなかったのが、この日は久々の好天気、しかもキリスト昇天祭の long weekend なのでヨーロッパ中から観光ラッシュなのだとのこと。

その翌日は打って変わってぐずついたお天気。午前中は St Sulpice のミサに行く。St Sulpice では日曜日のミサの後に毎週、短いオルガン・コンサートがある。

St Sulpice

St Sulpice

St Sulpice organ schedule

St Sulpice

St Sulpice のオルガン。ここも有名な Cavaillé-Coll 

St Sulpice Cavaillé-Coll

この日はなんと教区の堅信礼があり、ミサが30分ほど長引く。Aix-en-Provence の例からも考えて、フランスではペンテコステの前の日曜日に堅信礼をするのが一般的なのかな。

ミサの後はまた観光船に乗ったが(2日有効のチケットを買ったので)、お天気が今ひとつだったことと、連休の最終日ということも相まってか、観光船はガラ空き。なので運行される本数も少なく、次のが来るまでかなり待たされた。前日は観光船ラッシュ状態だったのに。

その後はモンパルナス墓地で墓見学。ここに Cavaillé-Coll  の墓があると聞いたので。

Cavaillé-Coll の墓

Cavaillé-Coll の墓

サン=サーンスの墓も見つけた

サン=サーンスの墓 サン=サーンスの墓

翌日、帰りの飛行機にチェックインしている途中に、「不審な荷物が発見されましたので避難してください」ということで、ターミナルから追い出される。避難圏内にあるレストランの客も皆追い出されていたけど、あの人たちはあのまま無銭飲食になったのだろうか?「ここまで下がってください」というラインがなぜかマクドナルドの前で、仕方ないのでマクドナルドの不思議なコンピュータ化されたオーダーシステムで水を注文する。(口頭で注文すると「出てきたものが注文と違う」というトラブルが多かった?タッチスクリーンで自分で注文したら、他に責任転嫁はできないぞということ?)

案の定「不審荷物」は何でもなかったようで、再びチェックインの列に。ゴタゴタで待たされているうちに搭乗時刻が迫っていたので、優先お飛越でチェックイン完了。

AA の飛行機はこのご時勢に客席の上にブラウン管のぶら下がった超旧型機種。当然、個別のエンタメセンターなどなし。こんなものがアメリカの航空会社で現役として飛んでいるとは。(ビジネスクラスは iPad 貸出だった模様。)

シカゴで入国するのは久しぶりだったが、ものすごく混んでいた模様。「模様」というのは、「チェックイン荷物のない人はこちらの列に並べます」というのに並んだから。こちらも結構列が長かったけれど、おそらく一般の列よりは早かったと思う。ただしここは本当に預入荷物のない人専用で、間違えて並んでしまったら荷物のカルーセルにアクセスできずに入国管理エリアを追い出されてしまう。これで失敗した人はきっと何人もいるに違いない。

シカゴ=オマハでは同居人はなぜか TSA-Pre 、わたしは普通のチケット。これでますますどういう基準で TSA-Pre が出てくるのか分からなくなった。

まあ、なにはともあれ、こうして無事にツアーは終わったのだった。

Southern France Organ Study Tour – 19

最終日午後は Poitiers の Cathédrale Saint-Pierre へ。「オルガン世界一」を挙げるときに、ほぼ必ず候補に入る有名なオルガン。これまたバスは教会の近くまで行けなかったので、最寄りの大通りでバスを下りて教会への丘を登る。

ポワチエ大聖堂

Poitiers Cathédrale Saint-Pierre

 

祭壇

Poitier Cathédrale Saint-Pierre

Choir の椅子の下にいろんな装飾が

Poitiers Cathédrale Saint-Pierre

壁に彫られたラビリンス

Poitiers labyrinth Poitiers labyrinth

オルガン

Poitiers Cathédrale Saint-Pierre

ここで弾いたのは Titelouze の Magnificat 第2曲。

せっかくここまで来たのだから、ぜひ全員何か弾くべき、というツアーディレクターの思し召しで、一人あたりの持ち時間は3分から5分という超過密スケジュールだった。レジストレーションを手伝ってくれたここのアシスタントオルガニストが、「違ったレジストレーションも試してみたら?」と言ってくれたのだが、「時間厳守。最初の数小節だけなら許す」ということで、ちょっとだけ違ったレジストレーションで弾かせてもらう。かくして最後のオルガンはバタバタと大忙しのうちに終了。

ここから再びバスに乗ってパリへ。パリ周辺の道路は前日のキリスト昇天祭の祭日を合わせて long weekend に遠出する車で大渋滞。この日の宿泊はドゴール空港近くの巨大ホテル。いちおうレストランの一角で farewell party らしきものをやり、無事にツアーは終了した。

Southern France Organ Study Tour – 2

さて、リヨンに到着したのは昼ごろ。本当は猛烈に昼寝がしたかったのだけど、ここで寝たら時差ボケが治らない、ということで、頑張って市内観光に出かける。

一足先にリヨン入りした人々は、すでに午前中の予定を終えて、大聖堂近くで昼食中とのこと。ということで、ホテルに戻ってきたツアーディレクターとともに地下鉄で大聖堂に向かう。同居人は時差ボケ対策なんか気にせず、堂々と部屋で昼寝。

リヨンの大聖堂 (Cathédrale Saint Jean-Baptiste)

Lyon St Jean Baptiste

大聖堂前の広場周辺で昼食を食べたが、観光地値段でやたら高い。

In front of the Cathedral

リヨンで一番目立つ Basilica of Notre-Dame de Fourvière。リヨンの起源は、ローマ時代にソーヌ川とローヌ川の合流点の丘の上に防衛陣地を築いたことに遡る。このバシリカの近くには、ローマ時代の円形劇場も残っている。(見学する予定だったが、時間切れで横を通り過ぎただけ。)

Basilica of Notre-Dame de Fourvière

ソーヌ川とローヌ川の合流点まで行って、両方の川を遊覧する観光船に。

川から見たリヨン。

Lyon from the Saône

あちらこちらに城壁の名残が。

Lyon with old city walls

昔の工場や卸市場の跡地を再開発して、いろいろモダンな建物が建っている。近代リヨンの主要産業は印刷業と絹織物で、それに伴い様々な製造業や化学工業が栄えた。それにしてもフランス人、こういうモダン建築が好きだね。

Lyon modern building

Lyon modern buildings

Lyon modern buildings

リヨンはまた、映画の発明者、リュミエール兄弟の地元でもあり、その名を冠した博物館や学校がある。

Lumière University Lyon 2

夕食は、ホテルで取ったが、美食の都リヨン(ポール・ボキューズの本家の建物をダウンタウンに見つけた)はどうなったんだ〜!と叫びたくなるようなトンデモ。(うちの犬にしばらく食べさせていたドッグフードの牛肉のカンヅメを思わせるテクスチャーだったので、同居人と「ジジご飯」と命名。ちなみにジジは最近は犬用カンヅメなど見向きもしない。つまり、この晩御飯なら「ジジまたぎ」になる恐れが。)この先しばしば、フランスの観光客相手の食べ物のレベルの低さ(値段のせいもあるんだろうけど)に泣かされる。

夕食後、昼寝をしてエネルギー回復した同居人が市内観光をしたいと言い出したので(今頃かよ…)、タクシーで大聖堂まで行く。この季節、夜は9時過ぎまで明るい。帰りのタクシーをつかまえるために川沿いの大通りに出たあたりで、日本人とおぼしき男性二人連れ(飲みに行った帰りみたいな感じ)を見かけたけど、レストラン街はともかく大通りは車ばかりで歩行者は少なかったし、なんか危なっかしかったなあ。