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Archive for the 'Books' Category

Kindleで本をシェアする

同居人は読書が好きである。しかし、特にどの本が読みたい、というのではなく、たまたま見かけた本で安くて(←ここが非常に重要ポイント!)面白そうなのがあれば読む、という読み方である。したがって、これまではダラーストアやGoodwillで適当に本を買い込んでくるのが常だった。(ダラーストアとか行ったことない方のために説明すると、ちょっと前の新刊書の売れ残りが1冊1ドルで平積みになっている。) しかしわたしの目から見て、この手の本の一番の問題点は場所ふさぎになること。読書の定位置であるカウチの周辺は、読みかけのハードカバー本(ダラーストアの本はなぜがハードカバーばかり)が山のように散乱している。わたしは以前から電子ブックへの移行を強く薦めていたのだが、いつまでたっても聞き入れられないので、今回、実力行使ということでクリスマスに同居人に一番安いKindleをプレゼントした。わたし自身はKindleもiPadも持っているが、本気で読書するにはKindleが一番という結論に基づいての選択であって、決してKindle ($79) の方がiPad ($499) より格段に安いからだけではない。(強調するところがアヤシイ?) 我が家のキーワード(?)は「ケチ」「無駄遣いをしない」なので、「Kindleを使えば、Project Gutenbergにあるような古典が無料で読めるよ。」というのが釣り文句であったことを白状しておこう。 さて、クリスマスプレゼントの包みを開けて、しぶしぶKindleを手にした同居人、「こんなもんで本読むのなんか嫌や。」とさんざん抵抗していたのだが、「この本とこの本とこの本をダウンロードしてセットアップしてくれるんやったら、試してみてもええわ。」というところまで妥協させるのに成功した。 以前から少し気になっていたことなのだが、Kindleのひとつの問題点は、本の貸し借りが容易でないことである。最近は一回だけ、2週間貸せるようになったようだが、紙の本の時代のように、「この本、面白かったよ。あなたも読んだら?返してもらわなくていいから。」という貸し方ができない。同居人のKindleに本をダウンロードするにあたって、わたしのアカウントを使うのがいいのか、向こうのアカウントを使うのがいいのか、それとも新しいKindle用にダミーアカウントを作るのがいいのか、いろいろ考えながら検索していたら、同じようなことを考える人はKindleが登場した初期から少なからずいたらしく、たくさんのヒットが見つかった。 Amazonの公式見解は「購入したKindle本は、そのアカウントに属します。一回購入したKindle本は、同じアカウントに属する6台までのマシン(Kindle専用機、Kindle Appを搭載したPCやiPhone、タブレット)に同時にダウンロードできます。同じアカウントに属するマシンからは、そのアカウントが他にどんな本を購入したのか、アーカイブを見ることができます。」ということで、それ以上のことに関しては口をつぐんでいる。しかしここで、親が子供のためにKindle本を購入して、読ませたいと思ったとしよう。子供用に専用のKindleを買ってやるのはいい。しかしKindleはアカウントと直結しているので、そのままの状態で子供に与えると、買ってやった本以外に、(親のクレジットカードを使って)他のものも勝手に買ってしまうかもしれない。ネットワーク接続を切った状態で与えても、そんなものを操作するのは大人よりも子供の方が得意に違いない。Parental controlの使い方を子供に教えてもらうという話も聞くし。子供用に別にアカウントを作ってやっても、そのアカウントにはクレジットカードを直結させないといけないので、子供の勝手な買い物を防ぐことはできない。アーカイブ機能も良し悪しで、親が買った本の中には子供に見られたくないものもあるだろう。 このようなジレンマを解決するには、ちょっと手間だが以下のような使い方ができる。(Amazonはこのような使い方は推奨していないが、amazon.com内のフォーラムに記載されたまま、削除される様子もないので容認しているのだと思う。親子でのこのようなやり取りを禁止すると、AmazonとしてもPR上、好ましくないだろう。) 子供のKindleを親のアカウントに登録する。 子供のKindleに必要な本をダウンロードする。 ダウンロードが完了したことを確認して、子供のKindleを親のアカウントから登録解除する。この場合、子供は自分のKindleからその本を削除しない限り、その本を読み続けることができる。 子供に新しい本を与える必要があるたびに、これを繰り返す。 こうすると、子供はKindleから無断で買い物できないし、親の購買記録を覗くこともできない。これは家族内でのシェアの方法だが、同じ方法で友人のKindleを自分のアカウントに「一瞬」だけ登録して、自分の買った本をシェアすることも可能なはず。ただし、一台のKindleが次から次へと違うアカウントに登録・解除を繰り返していると、そのうちAmazonに目を付けられるのではないかという議論もあった。 これを機に、家の中から紙の本が一掃とまではいかなくても、これ以上増えなくなったらうれしいのだけど。

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The Emperor of All Maladies

「あらゆる疾患の帝王」とはまた凄い題名だが、これは現役の癌治療医であり、また同時に研究者でもあるSiddhartha Mukherjeeによる「癌の伝記」。(本論とは関係ないが、著者は名前からみて明らかにインド系で、そういうバックグランドの人が第一線で活躍しているというところにアメリカ社会のダイナミズムの一端が窺えるかもしれない。)著者が実際に担当した患者の話と、癌治療の歴史が自由自在に交錯し、そのストーリー展開のテンポが非常に良い。今年のピュリッツァー賞に輝いた。 わたしは一応、前世(?)は小児血液腫瘍医なので、ここに登場する一つ一つのエピソードは非常に身につまされるものが多かった。研修医の頃、同じオフィスの外科研修医が乳がんの手術録を書くのをよく見かけたが(わたしは大学病院で研修しなかったので、同期の研修医全員が一つのオフィスを共有していた)、多くは「ハルステッド法に基づき乳房全摘」。当時はうかつにも気がついていなかったのだが、ハルステッド法は19世紀末に開発された手術法。つまり、19世紀末からわたしが研修医をやっていた時代まで100年近く、乳がんの手術といえば同じ術式を延々と繰り返していたわけだ。しかも、最近でこそ日本でも成人固形腫瘍の化学療法がメインストリームの治療の一部として市民権を得ているようだが、わたしが研修医の頃は、固形腫瘍の治療は手術が絶対、再発は外科医の敗北であり、化学療法はその敗北に対する申し訳程度の地位でしかなかった。(もちろん外科医の口からそのような言葉を聞いたわけではないが、内心そう思っているであろうことは、言葉の端々から十分窺えた。) 一方の小児の化学療法はといえば、とにかく治療を強くすればするほど完治の可能性が上がるだろうという暗黙の了解のうちに、様々な抗がん剤の組み合わせが試されていた。髪の毛が抜けるのは「がんなんだから仕方がない」、骨髄抑制がきて赤血球や血小板が下がれば輸血すればいい、顆粒球が下がれば、まあそのうちに戻るさ、それまで感染が来たら抗生物質で対処、今時、治療による骨髄抑制で命にかかわることなんかないさ、といった、これまたなかなかワイルドな世界だった。 この本には次から次へと懐かしい名前が登場する。ああ、この人は、こういう人だったのか、と目からうろこの落ちる思いをすることがいっぱい。先に書いたハルステッドが1世紀も前の人だったことをはじめ、薬理の教科書の定番、Goodman and Gilmanだとか、Lasker賞のLaskerとは何者か、あの”War on Caner”はどこから来たのかとか、ハーバードのラボの住所で時折見かける”Jimmy Fund Way”というのは何なのかとか。今では泣く子もだまるUCSFが、Michael Bishopが着任した当時は一介の田舎大学と思われてたというのも驚き。 ここに描かれたコンテクストをもとに80年代、90年代のペーパーを見直すと、どうしてそれが画期的だったのか(あるいは大ハズレだったのか)が見えてくる。過日も同じ研究所の他のファカルティと話していたのだが、是非とも院生の必読図書に指定したくらいの本なのである。 (いずれ日本語訳も出るかと思うのだが、これだけの内容を読みやすく、かつ正確に訳せる人がいるのかどうかが心配。この間もある日本の大手経済誌にアメリカの経済学者のエッセイの日本語訳が掲載されたが、内容の大筋は良いとして、本人が自分の罹患した疾病について書いた部分の訳の不正確さが気になった。どうして掲載前に医学部分を専門家にチェックさせないのか?アメリカ人は、専門家でなくても、多少教養ある人は医学用語を正確に使う。だから雰囲気で不正確な日本語を当てはめるのは良くない。)

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徒然

気がつけば、前回の更新から約3週間。とくに代り映えのしない毎日である。(カワリバエってこんな漢字なのか?)毎日、朝から仕事に行って、自分の実験を仕込んで、学生の尻拭いをして、あれこれセミナーとかミーティングとかに追いまくられて、家に帰ってきたらオルガン練習して。。。 ちなみに今、練習してるのは、メンデルスゾーンのオルガンソナタ6番。 YouTubeって本当に何でもあるのね。リンクを貼ったこのビデオは、動画がないので一本のビデオに全曲入ってるという理由で選んだだけで、演奏としてはちょっと刺々しくってあまりわたしの好みではない。個人的にはこの曲の最後のAndante – Finaleの部分が好き。Church musicianの間では、ときどき「自分の葬式にはどの音楽を演奏してほしいか」という話が出るのだけど、これは十分その候補に入る。 最近読んでいる本は、The Emperor of All Maladiesという癌に関するノンフィクション。今年のピュリッツァー賞を受賞したそうだが、とにかくものすごく面白い。サイエンスノンフィクションでこんなに面白いと思ったのは、The Eighth Day of Creation以来。大学院生の必読図書に指定したいところ。読了したら改めて感想を書きます。

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Too Big to Fail

これも一年以上前に出た本なので既に読んだ方も多いと思うが、面白かったのでご紹介。 前に紹介した The Big Short が Bear Sterns の破綻で終わるのにまるでタイミングを合わせたかのように、この本は(著者は違うのだが)ちょうど Bear の崩壊から話が始まる。 Bear の次は Lehman か、とジワジワと真綿で首を締めるように Lehman へのプレッシャーが上がってくる。いったん Lehman が危ないという懸念が広がりはじめると、好決算を発表しても市場のセンチメントは変わらない。なんとか会社を立て直そうと、投資家からの資金援助、他行との合併など様々な方策を探るが、最終的には Chapter 11 という、まさかの結果を迎えることになる。 日本語では「リーマン・ショック・コンフィデンシャル」という題で訳が出ているらしい。確かに Lehman の動きに多くのページが割かれているが、 AIG にもかなりの焦点が当てられている。ここで扱われているのは Bear Sterns 崩壊から TARP (いわゆる bailout 法案)発動までの約半年の経済界全体の混乱ぶりであり、大恐慌の再来をなんとかして防ごうとするエリート金融機関の重役、政府高官の必死の努力の軌跡である。(ついでに、英語ではあまりリーマン・ショックという言い方は聞かないように思うのだが、これはわたしが無知なだけ?) 以下、思ったことをいくつかランダムに。 この本は、ニューヨークタイムスの経済記者の書いたノンフィクション。ストーリーの中心は人の動きであって、2008年の financial crisis の原因は何か、とか、見た目は好決算を出していた Lehman が半年もしないうちに倒産の憂き目にあったのはなぜか、という点に関して、テクニカルな面からの分析は主眼ではない。登場人物が多いので、せめて各金融機関の CEO の名前くらい知らないと取っ付きにくいかもしれないが、経済記事にあまり興味のない人にもおすすめ。 ウォールストリートの戦士たちというのは、よく働くんだねえ。こっちで Bank of America との合併のための diligence session をやり、あっちで平行して Barclays との session をやり、何時間以内に [...]

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The Big Short

The Big Short: Inside the Doomsday Machine Kindleをいじっているうちに、半分間違いでBuyのボタンを押してしまったのだが、あまりの面白さに一気に読んでしまった。(ちなみにKindleは間違えて買ってしまった場合は、その場で「返品」することができる。) 一年ほど前に出た本だし、日本語訳も出ているそうなので、もうご覧になった方も多いかと思うが、不動産バブルの真っ最中にサブプライムローンを元にした金融商品の問題点を見抜き、早くからその暴落を予想して賭けに勝った人々の物語。ここで興味深いのは、登場人物の多くがウォール街の「部外者」だということだ。90年代から株式のアナリストとしてサブプライム業界をカバーし、後に独立してヘッジファンドを開いたSteve Eismanは別として、片目で人間嫌いの医者Michael Burry、自己資金$110,000で「家内ヘッジファンド」としてスタートし、最終的に$100 million以上に資産を膨らませたCornwall Capitalの三人組、どちらもいわば独学の投資家たちである。 もちろん、Hindsight is 20/20 で、今の時点で2000年代半ばの住宅バブルを批判するのは容易だが、それでもこの本を読んで痛感したのは、投資において、いかにプライマリーデータを自分の目で見て解釈することが大事か、ということ。格付け会社のレーティングなんか当てにしてはならないのである。何しろ、バブルの最盛期に濫造された、所謂「エキゾティックな」金融商品の中には、BBBのサブプライムモーゲージボンドを集めて新しいプールを作り、その上位80%をAAAと格付けする、などというとんでもないものがまかり通っていたのだそうだから。(汚い例えだが、まるで道に落ちている犬の糞を集めて大きな山を作り、「この山の上の方8割は金(ゴールド)で出来ている」と宣言するようなもんだ。)いくらAAAを装ってみても、根底にあるのはBBBのサブプライムモーゲージなのだから、そのうちにそれが「犬の糞」であることが明らかになる。しかしその事実が明らかになった時には、サブプライムボンドの作り手である金融機関も自分たちの幻想を信じ込んで、大量の「犬の糞」を在庫に抱えていた。実際はもっともっと手の混んだ手法が使われたわけだが、端的に言ってこれがtoxic assetの正体であり、金融危機の引き金である。 格付け会社と投資銀行との関係も興味深い。格付け会社は投資銀行に比べると格段に給料が低いので、頭のいいヤツ、野心のあるヤツは最初から入社しない。その上、投資銀行が自分のところの金融商品の格付けを依頼しなくなれば、格付け会社は収入がなくなるので、投資銀行の気に入らないような格付けはしない。このような構造的欠陥がある限り、公平な格付けは不可能だろう。 この本の登場人物たちが利用したプライマリーデータは、基本的に誰でも手に入れることのできるものばかりである。金融機関のセールスの口車や、市場のセンチメントに流されず、コモンセンスを持ってデータを分析する– あれっ、これってサイエンスと一緒じゃない? (この本の一部はVanity Fairのサイトで読める。)

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長崎出島にオランダ商館の書記として来日した Jacob de Zoet の目から見た日本 — 年代的に多少のズレはあるものの、実在のオランダ商館長ヘンドリック・ドゥーフ (Hendrik Doeff) がモデルと思われる。彼の任期中にナポレオン戦争の余波で長崎港内に英艦フェートン号が侵入した「フェートン号事件」は「フィーバス号」 (HMS Phoebus) として作中に登場する。 ヤコブのプライベートな恋愛物語、オランダ商館内の権力抗争、日蘭当事者同士のだまし合い、腹の探り合い、日本側の政争、そしてイギリス船の登場 — ストーリーは何重にも重なり合い、絡まり合い、はっきり言ってかなり非現実的なプロットにも関わらず、ぐいぐいと読者を引き込む力を持っている。 あと、江戸期日本というものをこういう角度から見ることもできるのか、というのも新鮮な驚きだった。これまで不勉強にして、江戸中期というのは日本史の中でもどことなく中だるみのような印象を持っていたから、なおさらのことである。いくら日本が鎖国を掲げてみても、ナポレオン戦争という世界史上の大事件からは完全に無関係であり続けることはできなかった。 背景となる時代は異なるものの、非日本人作家の描いた日本の時代小説という点で Memoirs of a Geisha を思わせる部分もあるが、ストーリー展開のうまさではこちらの方が断然上。

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Guns, Germs and Steel

10年以上前に出た人類学?から見た歴史?の本。(クエスチョンマークを付けたのには理由がある。)出た当初は、その比較的学術的な内容にもかかわらず予想外の大ヒットとなり、とくに財界人や政治家の間でも広く読まれたという評判の本だった。今回、Kindleでサンプルをダウンロードしてみたらちょっと面白そうだったので、残りも購入したのだが – 読後の感想は、「長い、くどい、うっとおしい。」 著者は、なぜヨーロッパ人が近代世界を制したのか、なぜ逆にニューギニア人がヨーロッパを征服しなかったのかという問いを投げかけ、その答えを人類史に求める。19世紀的史観によれば、これは人種、文明の優劣ということになるのだが、著者は「人種間に能力の差はない」(これは「人種間に能力の差がある」という仮説と同様、実証されたわけではない)という仮説を当然の事実とした上で、文明の発達速度の違いは地域による気候、植生、動物相の違いといういわば偶然の産物であると論ずる。 たったそれだけのことを示すのに、果たしてこれだけの紙数が必要だろうか? なるほど、文章は比較的読みやすい。ただ、好みの問題かもしれないが、内容と不釣り合いなほど平易で繰り返しの多い文章は、ともすれば condescending で鼻につく。 また、著者が論拠として挙げている evidence には様々なところから異論が出ているが、わたしの目に止まったのは文字の発明と伝播の項に登場する「日本語と漢字」の下りである。いわく、日本人が簡便な表音文字のみのシステムを使わず、いまだに中国からの借り物である漢字を使うのは、漢字使用に付随する prestige のためであるという。 はあ〜? 愚考するに、日本語の書き言葉が漢字を捨てないのは、同音異義語の多い現代日本語のボキャブラリーを有効に駆使するには、表意文字である漢字の使用が便利であるからである。わざと違った字を当てて多重の意味を含ませる、などというのは表意文字にしか芸当であるが、これは表音文字言語使用者には理解すべくもない概念なのかもしれない。(中国人は非漢字圏の人名を記載する際、好ましく思わない相手にはわざと悪い意味を持つ字を当てるという。) もちろん、これなど、この大作全体からみれば、取るに足らない枝葉末節であることは重々承知の上であるが、このような sloppy さを見せられると、他の例まで信用できるのかどうか疑ってしまうのが人の常ではないだろうか。 個人的にはAmazon.comのレビューの中では、E. Robe(2つ星)、Christopher A. Smith(3つ星)にほぼ賛同する。たしかに一読には値する本ではあるが、ここに書かれたことを事実として受け入れるには論拠が弱すぎる。

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An Eye for an Eye

iPhone Kindle で読んだ本はこれでもう三冊。ふだんのわたしの読書ペースからすればかなり早い。「どこにでも持っていける」「隙間時間に読める」それから大事なのが「電気を点けなくても読める」。無料 app で無料本ばかり読んでるので、この分なら十分、短期間で iPhone のハードウエア代は回収できそうである。 これまでに読んだのは「宝島」(なぜか無料本のベストセラーの一つらしい)と「赤い家のミステリー」。A A Milne といえば「くまのプーさん」がやたらと有名だが、実は大人向けの小説も書いており、これはその彼の書いたミステリーである。 今日読了したのは「目には目を」(“An Eye for an Eye” by Anthony Trollope) 。ディケンズやオースティンと並ぶいわゆるヴィクトリアンの小説家だが、作品を読んだのははじめてである。寡聞にして “What Jane Austen Ate and Charles Dickens Knew” という非常に楽しい本で言及されているのに出くわすまで知らなかった。

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二週間前、10年ものの骨董品携帯からいきなり iPhone に変えてみた。前々から iPhone が欲しかったのだけど、電話だけでも通話プランにデータプラン、その上、 iTune Store に直結してこれでもか、これでもかと様々な方法でちょっとずつお金を取るように出来ていることは知っていたので、無駄使いの誘惑に負けないよう、ずっと我慢してたのだが、、、

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Buffettに関する本

同居人が近所のHalf Price BooksでBuffettに関する本を安く仕入れたきた(Alice SchroederのThe Snowballではない)ので、ちょっと読んでみた。

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