Southern France Organ Study Tour – 8

ツアー5日目、日曜日。この日は希望者はビーチで水遊び、残りはスペイン国境近くの Perpignan の Cathédrale Saint-Jean-Baptiste で11時のミサに出て、午後、そこのオルガンを弾くというオプションツアーの日。前日までの爽やかな青空はどこに行ったのやら、グズグズと曇った肌寒いお天気。あまりビーチ日和とは言えないので、 Perpignan に行くことにした。(同居人は教会はもう飽きた、ということでビーチを選ぶ。)

地中海に面した Port la Nouvelle  は Perpignan への道すがらになるので、ビーチ組はここで下車。残りはバスで Perpignan へ。スペイン国境のすぐ近くなので、周囲の車もスペインナンバーが増えてくる。

さて、11時のミサに間に合うように早起きしてはるばるやってきたのだが、なんと!

「神父さんが予定を間違えて帰ってしまったので、11時のミサはありません。ミサに与りたい方は他の教会に行ってください。聖餐だけ受けたい方には、助祭がすでに聖別された聖餅をお配りします。」って。

う〜ん、前日の Aix といい、この Perpignan といい、なんか神経質なアメリカの教会とはだいぶ違う感じ。とりあえず聖餐式に参加。神父さんがいないので eucharistic prayer のない簡略版である。

カトリックの司式は世界中どこでも基本は共通なのだけど、音楽の使い方などがアメリカとフランスで違うのが興味深い。アメリカのミサでは聖歌はどこでもオルガン主導。オルガンがイントロを弾き、メロディーもオルガンに合わせて会衆が歌う、といった感じ。フランスは、今回の旅行中に2回体験した限りでは、カンターもしくは助祭が主導、オルガンは歌に静かに従属する感じ。ただし、歌詞の節と節の間に、ちょっとしたオルガンソロ(即興?)が入る。フレンチ・クラシックのオルガン宗教曲は歌唱とオルガンが交互に入る構造になっているのが基本なのだけど、これはその伝統を継いでいるのだろうか。

で、無事に典礼が終わったところで、ロフトから出てきたオルガニストを捕まえて話し合った結果、午後二時に「誰か」が来てオルガンを弾けるようにするので、それまでに昼食でも食べてきてくださいということになった。

大通り近くのカフェで昼食。なんとかお天気も持ち直し。

Perpignan の Cathédrale Saint-Jean-Baptiste にはオルガンロフトに一台、祭壇の後ろにもう一台、と二台の Cavaillé-Coll がある。ここの教会の内装はこれまで見たどこの教会とも違って、すごくスペイン風。

この日はフランスの「母の日」ということで、教会の前の花屋に last minute で花を買う人の行列が出来ていた。

外観

Perpignan Cathedral Perpignan Cathedral

 

内部

Perpignan Cathedral Perpignan Cathedral Perpignan Cathedral

 

メインオルガン

Perpignan cathedral, main organ

オルガンロフトの下部にはこんな飾りが。

Perpignan cathedral

 

約束の二時になってやってきたオルガニストは、日本語を話す女性だった。ここで弾いたのは Dupré の Magnificat の第五曲。

 

 

Southern France Organ Study Tour – 7

う〜ん、こんなペースで書いてて、果たして記憶が鮮明なうちに全行程書き上げることが出来るのだろうか? まあ、めげずに書きます。

南仏の楽しいのは、あちらこちらにローマ帝国の面影が残っていること。多くの都市はローマ時代に建てられたものだし、歴史好きの血が騒ぐ。

さて、 Nimes もローマ以前から続く街。郊外には有名な水道橋が残っているし、街のど真ん中に円形劇場もある。(水道橋は時間がなくて見ることができなかったけど、円形劇場はバスの窓からこの通り。)カエサルのエジプト遠征に従軍した兵士たちが除隊後に入植したのがこの地方らしい。

Nimes amphitheatre

ここの目当ては Eglise St Paul の Cavaillé-Coll 。比較的早期のオルガンで、鍵盤が重い!この日はバスの運転手が教会を探し当てるのに一苦労して、街の中を何度かぐるぐると回り、最後は「ここから歩いてください」ということで大通りの一角で降ろされた。後で気づいたのだが、グーグルマップに載っていた住所はどうやら間違っていたらしい。(今日、グーグルしてみたら、正しい住所が表示されていた。誰か通報したのかしら。)

この教会は19世紀に建てられたもの。

Eglise St Paul, Nimes

Eglise St Paul, Nimes

オルガン

Eglise St Paul, Nimes, organ

ここで弾いたのは Dupré の Magnificat の 第四曲。

この日は Nimes の駅近くのホテルに泊まったのだが、そこのホテルにはレストランがないので、歩いて10分くらいの街の中心近くのホテルで夕食。駅から街の中心街への道沿いで地元の農業フェアをやっていた。

牛やら

Nimes

馬やら

Nimes

他にも豚やらウサギやら鶏やら。それぞれ品種名と出品者の連絡先が書いてあって、多分そこに連絡すればこれらの家畜を買えるのだろう。(このツアー、University of Kansas の主催なので参加者もカンザスの人が多く、農家育ちどころかホンモノの現役農場主なんて人もいたのだが、「あらこんなところでカンザスに帰ってくるつもりはなかったのに(笑)」と。)もちろん、生きた家畜だけではなく、オリーブオイルや食べ物、ワインを売る店もたくさん。観光客相手のホテルのレストランよりは、こっちで食べた方が美味しかったのだろうけど、夕食はこの日の日程に込みだったから残念。

 

Southern France Organ Study Tour – 6

ツアー4日目。この日の午前中は Aix-en-Provence の街中へ。

Cathédrale de Saint- Sauveur で Cavaillé-Coll のオルガンを弾くはずが、なんと堅信礼の予行練習とダブルブッキングで叶わず。この予行練習にはオルガンは必要ないので、教会付きのオルガニストも知らなかったらしい。

眺めるだけに終わったオルガン

Aix Cathedral

Cathédrale de Saint- Sauveur には、六世紀のものと言われる baptistery (洗礼盤)が残っている。

Baptistery

Baptistery を囲む壁画

Fresco

せっかく遠いアメリカからやって来て、思いがけずキャンセルになったことを気の毒に思ってくれたのか、オルガニストが「近くにもう1つ、自分がオルガン弾いてる教会があって、そこのオルガンも面白いから行ってみませんか?」と。ということで、その教会 (Eglise du Saint Esprit) まで歩く。

Eglise de Saint Esprit

ちょうど土曜日だったので、広場でマーケットが。

花市場

Flower market

時計台

Clock tower

 

Aix en Provence は噴水の街。

Aix fountain

Eglise du Saint Esprit で Vierne の 24 Pièces en style libreのCarillon を弾いてみたけど、ペダルが重くていきなり弾くのはちょっと無理があった。

Eglise du Saint Esprit organ

まあ、予定変更で Aix の街なかを見ることが出来たわけだから、アクシデントも悪くはない。この日は本当に爽やかな青空で絶好の観光日和。

昼食代わりにマーケットで買ったイチゴとさくらんぼを食べ、午後は Nimes へ。

 

Southern France Organ Study Tour – 5

三日目の午後は一路南下してプロヴァンスへ。目的地は Saint-Maximin-la-Sainte-Baume という小さな街。ここの教会はマグダラのマリアの墓の上に建立されたという伝説がある。なんでマグダラのマリアが?と思うかもしれないが、キリストの死後、他の弟子たちとともに各地で布教に努めたマリアは、暴風雨に流されて南仏に漂着、マルセイユを中心に布教活動を続け、やがてこの地で没したという伝説があるらしい。現在のイスラエルから南仏、やはり地中海沿岸は1つの文化圏だったのだと感じられる。

Basilique Sainte-Marie-Madeleine は修道院に隣接して建てられた。修道院は現在ではホテルになっている。

St Maximin

マグダラのマリアの像。地下にマグダラのマリアの頭蓋骨と言われるものが祀られている。現代の鑑定によると、地中海沿岸地方の中年女性の頭蓋骨なのだそうである。

St Maximin

オルガン

St Maximin

このオルガンも午前中と同じくフレンチ・クラシック。賑々しい Plein jeu や Grand jeu (それぞれ、フレンチ・クラシックの代表的なレジストレーション)の曲ばかりじゃなくて、様々な色合いを試すために Récit を、ということだったので、Couperin の Messe pour les couvents から Tierce en taille を。ここのオルガンロフトに上がる階段は、壁に古い天使のフレスコ画がうっすら残っていた。

この晩は Aix-en-Provence 近くの古い農家を改築したホテルに宿泊。

Southern France Organ Study Tour – 4

ツアー三日目は爽やかな青空。ヨーロッパの5月というのは、本当にIm wunderschönen Monat Mai  (ハイネの詩によるシューマン歌曲「詩人の恋」第一曲)だと思う。

この日の午前中はグルノーブルの近くの「フランスで最も美しい村」Saint-Antoine-l’Abbaye へ。十一世紀にエジプトの聖アントニウスの聖遺物を祀る修道院が建てられ、その門前町として栄えたらしい。

十七世紀に建造されたここのオルガンは、フランス革命の際にも破壊されることなく、幾度もの修復を重ねて現在に至る。

外観

Saint-Antoine-l'Abbaye

Saint-Antoine-l'Abbaye

修道院敷地内の木立と、我が物顔に闊歩するワンコ

Saint-Antoine-l'Abbaye

敷地内を別の方向から。いかにも「フランスの田舎」のイメージ。

Saint-Antoine-l'Abbaye

教会の中

Saint-Antoine-l'Abbaye

オルガン

Saint-Antoine-l'Abbaye

ここはオルガンロフトに上がる階段と、ロフトの間が狭い木の橋のようなものでつながっており、軽度高所恐怖症の身としては、この橋が落ちそうで、なんか気色悪かった。

オルガンロフトから教会を見下ろす

Saint-Antoine-l'Abbaye

フレンチ・クラシック(フランスのバロックはなぜか「クラシック」と呼ぶ)として
ClérambaultCouperin を準備して行ったのだけど、弾こうと思ってた曲を先に他の人が弾いてしまったので、これなら誰も弾かない Titelouze の Magnificat の第一曲と第二曲を。(去年、Magnificatをテーマにリサイタルをやったので、現在弾ける曲は Magnificat ばかりなのである。)

お昼は敷地内のレストランで。バスの出発時刻が12時半なのに、レストランは12時にならないとランチを出せない(レストラン自体は12時前から営業しており、飲み物は出す)とかで、大急ぎで掻き込んでバスに向かう。この辺、フランス人は絶対に規則を曲げないし、アメリカ人はランチの時間もちゃんと設定できない未開人だと思われてるに違いない。

 

Southern France Organ Study Tour – 3

一日目は時差調整で、二日目からいよいよオルガンツアー開始。

この日は小雨がパラついたり止んだりの空模様。肌寒いお天気で、教会の中はさらに冷える。

まずはフランスロマンティックオルガンの代名詞とも言える Cavaillé-Coll のオルガンに慣れる、という目的で、Eglise Saint François de Sales へ。ここの Cavaillé-Coll は19世紀後半以来、抜本的な改変が加えられておらず、制作当初の趣きを伝えるものと言われる。

Eglise Saint François de Sales 入り口

Eglise St Francois de Sales

ここはWidorのお父さんがオルガニストをしていた教会で、Widor本人がこのオルガンの献呈を行った。そのプログラムの中には5番シンフォニー(最終楽章が有名なトッカータ (クリックすると YouTubeのWidor自身の演奏に飛びます)。オルガンに縁のない人、Widorの名を聴いたことのない人でもこの曲はどこかで聞いたことがあるはず。)の初演も含まれていたとか。

オルガンはロフトではなく祭壇の後ろに。

St Francois de Sales

オルガンコンソール

St Francois de Sales CC organ console

St Francois de Sales CC organ console

「オルガンに慣れる」というのはどういう意味かと言うと、オルガンは現代のピアノと違って定まった規格というものがない。手鍵盤の数は一段のものから多いものでは五段くらいのもあるし、ペダルのキーの数もデザインも様々。鍵盤のタッチはオルガンによって全然違う。コンソールのストップの配置も然り。その上、Cavaillé-Coll のオルガンにはふいごから送られる空気を効率よく利用するために独特のメカニカルな仕組みが施されており、今みたいに電子回路制御じゃないから、そのためのレバーがたくさんある。さらに、パイプの配置によってコンソールでの音と、聴衆に聞こえる音とが全然違うので、そういったバランスも考えないといけない。だから、「初めてお目にかかるオルガン」というのに慣れるまで、結構時間がかかるのである。

それがツアーだと時間が限られているから、「はい、一人の持ち時間はレジストレーション(ストップの操作)も入れて10分まで〜。」ベンチに座っていきなり「ん、これ何の曲?はいはい、レジストレーションはこれね。そこの送風ペダルをオンにして。はい弾いて。」で指を下ろした鍵盤は、タッチも違うし、ペダルの感覚も間隔も違うし、音はまるで明後日の方向から聞こえてくるし、なんか満足しないうちに持ち時間終了。弾いたのはDupréのMagnificatの最初の2曲。

おまけに、ツアー前の説明では「Widorのシンフォニーは長いし、レジストレーションもその場でやるには面倒なので、あまりツアー向きではありません。」と言われたから、途中でレジストレーション変更のないDupréの短い曲ばかり用意していったのに、「ここはWidorの教会だから、Widorもいいね。」って。う〜ん、もっと色々持っていくべきだった。

お昼は同居人が見つけてきた小さなイタリアンで。メニューは「本日の出来ますもの」を書いた黒板を、店主が席に持ってくるというスタイル。ここは観光客向けではなく、地元の人ばかりで、なかなか上出来。ちゃんと美味しいとこ、あるんやん。

午後も Saint François de Sales で過ごし、夕方、小雨の中をバスでGrenobleの近くのホテルへ。バスがホテルに着く頃にはちょうど雨が止み、虹がかかっていた。

Southern France Organ Study Tour – 2

さて、リヨンに到着したのは昼ごろ。本当は猛烈に昼寝がしたかったのだけど、ここで寝たら時差ボケが治らない、ということで、頑張って市内観光に出かける。

一足先にリヨン入りした人々は、すでに午前中の予定を終えて、大聖堂近くで昼食中とのこと。ということで、ホテルに戻ってきたツアーディレクターとともに地下鉄で大聖堂に向かう。同居人は時差ボケ対策なんか気にせず、堂々と部屋で昼寝。

リヨンの大聖堂 (Cathédrale Saint Jean-Baptiste)

Lyon St Jean Baptiste

大聖堂前の広場周辺で昼食を食べたが、観光地値段でやたら高い。

In front of the Cathedral

リヨンで一番目立つ Basilica of Notre-Dame de Fourvière。リヨンの起源は、ローマ時代にソーヌ川とローヌ川の合流点の丘の上に防衛陣地を築いたことに遡る。このバシリカの近くには、ローマ時代の円形劇場も残っている。(見学する予定だったが、時間切れで横を通り過ぎただけ。)

Basilica of Notre-Dame de Fourvière

ソーヌ川とローヌ川の合流点まで行って、両方の川を遊覧する観光船に。

川から見たリヨン。

Lyon from the Saône

あちらこちらに城壁の名残が。

Lyon with old city walls

昔の工場や卸市場の跡地を再開発して、いろいろモダンな建物が建っている。近代リヨンの主要産業は印刷業と絹織物で、それに伴い様々な製造業や化学工業が栄えた。それにしてもフランス人、こういうモダン建築が好きだね。

Lyon modern building

Lyon modern buildings

Lyon modern buildings

リヨンはまた、映画の発明者、リュミエール兄弟の地元でもあり、その名を冠した博物館や学校がある。

Lumière University Lyon 2

夕食は、ホテルで取ったが、美食の都リヨン(ポール・ボキューズの本家の建物をダウンタウンに見つけた)はどうなったんだ〜!と叫びたくなるようなトンデモ。(うちの犬にしばらく食べさせていたドッグフードの牛肉のカンヅメを思わせるテクスチャーだったので、同居人と「ジジご飯」と命名。ちなみにジジは最近は犬用カンヅメなど見向きもしない。つまり、この晩御飯なら「ジジまたぎ」になる恐れが。)この先しばしば、フランスの観光客相手の食べ物のレベルの低さ(値段のせいもあるんだろうけど)に泣かされる。

夕食後、昼寝をしてエネルギー回復した同居人が市内観光をしたいと言い出したので(今頃かよ…)、タクシーで大聖堂まで行く。この季節、夜は9時過ぎまで明るい。帰りのタクシーをつかまえるために川沿いの大通りに出たあたりで、日本人とおぼしき男性二人連れ(飲みに行った帰りみたいな感じ)を見かけたけど、レストラン街はともかく大通りは車ばかりで歩行者は少なかったし、なんか危なっかしかったなあ。

Southern France Organ Study Tour – 1

5月下旬、オルガン見学ツアーで南仏に行ってました。

パイプオルガンというのは基本的に動かせないので、体験するにはそこに行ってみるしかない、ということで、わたしのオルガンの先生の旦那さん(この人もオルガニストで、大学のオルガン科の教授)の主催するツアーに参加することに。

初日、まずはオマハからシカゴを経てヨーロッパへ。

集合場所がリヨンだったので、当然北米から直交便はなく、ヨーロッパ内で飛行機を乗り換えるか、パリからTGVで行くかという選択に。最初はTGVに乗りたかったのだけど、スケジュールが合わず断念。(日本の東海道新幹線みたいに1時間に何本もあるわけでないので。)乗り換え経由地としてはロンドンかマドリッドということになったが、ヒースローの入管は評判悪いのでマドリッド経由を選ぶ。ということで、初のイベリア・エアを体験。

シカゴで乗継を待っていたら、黒衣のオッサンらがゾロゾロ。若い人が多いので神学生の団体かと思ったら、もう学生ではなくて神父さんたちの団体だった。最近は若い神父の志願者が激減して、カトリック教会存亡の危機なんて言われるけど、この団体、ほとんどが若くてスラリとした結構イケメンの男性ばかりで、ちょっとびっくり。神父さんたちは当然マドリッドでローマ行きに乗り換えるのだろうと思っていたら、なんとリヨンまで一緒だった。最終目的地はローマらしいが、なぜこのような旅程を選んだのか不明。(単に安かった?)

さて、イベリア・エアはEUだから当然かもしれないが、機材はエアバス。まずまず新しく、各座席にエンタメ装置もつき、悪くない。(こんなの今どき当たり前と思ってたら、なんと帰りのアメリカンは個別エンタメ装置なし、今どき宙吊りのブラウン管モニターという化石のような機材だったんですよ!)しかし、ヨーロッパ系航空会社のくせにコーヒーが絶望的に不味かったのは許せない。

あと、オマハーシカゴの飛行機で、「当機には大型手荷物のバレーサービス(手荷物サイズだけど機材が小さくて機内収納できないサイズの場合、チェックインせずに搭乗口で預けて、降りるときに返してもらう)はありません。ローラーボードはゲートで最終目的地までチェックインいたします」と言われて取り上げられてしまった。バレーサービスのない小型機なんて初めての経験。

マドリッドでいったん入管を通り(荷物は出てこない)、リヨンでもう一度パスポートチェック。確かフランスはEU内から来た飛行機でも、これをやるのよね。取り上げられた荷物とも無事再会し、タクシーで集合場所であるリヨン市内のホテルへ。

ヨーロッパの空港のセキュリティチェックでいつも思うのだけど、何かアメリカ人と比べて皆、不慣れな感じ。アメリカだと(とくに出張族の多い時間帯だと)早くからラップトップをかばんから取り出し、靴を脱ぎ、ジャケットを脱ぎ、化粧品など液体の入った袋を出し、準備万端で列に並ぶ人が多いのだけど、ヨーロッパでは係員に言われるまでやらない人多し。おまけに係員は片言の英語で「ラップトップ」とか言う以外は、現地語でしか言わないとか。まあ、アメリカでは飛行機は日本のバス・電車の感覚だからね。

(追記)そうそう、思い出したけど、飛行機の切符の “TSA Pre” と書かれていたので、オマハのセキュリティラインで靴を脱がなくてよろしいと言われた。オマハのセキュリティは滅多に混雑しないからあまり有り難みはなかったのだけど、いったいどういう基準で “TSA Pre” になるのかさっぱりわからない。

車輌登録

ネブラスカでは車輌登録の更新は年1回。これまでは郵送でやっていたのだけど、今年は更新お知らせに返信用封筒すら同封されていなかったので、これはオンラインでやらせようという趣旨なのだろうと思ってオンラインで更新してみた。

ちなみにこのお知らせによると、更新するには

  1. オンライン
  2. Department of Motor Vehicleのオフィスに出向く
  3. 郵送

の3つのオプションがある。

登録更新に際しては、その車が州の定めた最低限の保険に入っていることを証明しないといけないので、2の場合は保険の証書を持参、3の場合は証書(原本を送らないといけない。コピー不可。)を同封して郵送しないといけない。いつも思うのだけど、証書を郵送して手元にない間に事故を起こしたり、スピード違反で警察につかまったりしたら、どうなるのかしらね。保険には入っていても、手元に証書がないと、無駄な嫌がらせ・時間の無駄に会うような気がするのだけど。そういうことを気にしないのがアメリカンクオリティか。

ところが!

そこまで保険の証書の原本にこだわるくせに、オンラインで更新すると「あなたの登録番号から自動的に保険を調べます」、つまり、保険の番号も何も示す必要がない!どうして家のコンピュータからオンライン更新するとアクセスできる保険の情報に、DMVのオフィスや郵送先の処理施設ではアクセスできないのか?これは一体、何の嫌がらせなんだ?

こうして見ると、オンライン更新はいいことづくめのように見えるでしょう?ところがどっこい!

こちらが入力した更新情報が無事アクセプトされると、料金お支払いのために別のサイトに飛ばされる。それはまあいいのだけど、なんとそこで初めて、オンラインだと更新料に手数料が上乗せされることが明らかにされる!「銀行口座からの直接引き落としならこの値段(こちらの方がお安くなっております)、クレジットカードならこの値段。」

結局、更新料に加えて1%の手数料を取られる羽目に。まあ、DMVに行く時間の無駄を考えれば、損したことにはならないのだろうけど、オンライン更新すれば手数料を取るぞ、と最初からもうちょっとはっきり書くべきじゃないんだろうか?(もしかしたら最初のページのどこかに書いてあったのかもしれないけど、目立つように書いてもらわなきゃ、誰がケシ粒にたいなdisclaimerを読むものか。)

珍客

書くことはたくさんあるんですけどね、なかなか時間がない。とりあえず、昨日の珍客の話。

昼ごろ、同居人から職場に電話がかかってきて、「何か、イタチみたいな動物が家に入ってきて、ワンコと遊んでるねんけど。」

はあ〜?

夏になると開け放したペット用扉から(こんな感じね)野生のラクーンが入ってきて、ペットに危害を加えるという話はときどき聞くので、それかと思ってよくよく聞くと、

「ラクーンやない、イタチかミンクみたいな感じやで。野生やなくて人に飼われてたんやと思う。すごい人懐こいし、何かクンクンしてるわ。ワンコの器から水飲んでるで。何食べるんかなあ。」

***

家に帰ってみると、リビングにこんなのがおりました。

photo

(正面から写真撮りたかったのだけど、なかなかこっちを向いてくれず。とりあえずこれが一番よく撮れた写真。)

で、ちょっと目を離したら、いつの間にか姿を消していた。家の扉は閉まっているし、いったいどこに行ったのやら。

「で、これ、どうするの?可愛いけど結構鋭い歯をしてるし、ペットならともかく野生動物やったらどんな病気持ってるかもわからへんし、いつまでも家にいてもらうのも困るで。」

「これ絶対ペットやで。Craigslistでも載せてみるわ。」

***

さて、同居人がCraigslistを開いてみると、「ペットのフェレットが脱走しました。情報求む。」という投稿が!ああ、きっとコレやで、とそこに書かれた連絡先に電話してみると、向こうは大喜び。

「ただね、今日の昼ごろからうちにいるのは間違いないのですけど、家の中で行方不明なんですよ。どこかに隠れてると思うのですけど、おびき出すコツとかあります?よかったらうちに来て、捜索されますか?」

「衣装ダンスあります?タンスの下の段で服に埋もれて寝てる可能性が高いと思います。」

それまでにベッドの下とか家具の隙間とか、懐中電灯で照らしながら徹底的に捜索したのだけど、もう一度、その言葉に従って再捜索。タンスの引き出しはぴったり閉まっているので、小動物でも隙間から入るのは無理だろうから、いちばん可能性が高いのはクローゼットかな。クローゼットの扉は下に少し隙間があるからと思ってクローゼットを覗くと、

なんとクローゼットの中の旅行かばんの中で丸くなって寝ていた!

これ幸いと旅行かばんのジッパーをぴったり閉めて確保。ほどなくしてやってきた飼い主さん一家に無事引き渡し、一件落着となったのでした。

Ferretのページ