個人情報流出

先週、大学の個人情報データベースが外部から侵入されたことが発覚したらしい。最初はこのデータベースに入ってるのは現役の学生と一部の卒業生の情報のみ、と言われていたのが、あとになって学生のみならず教職員の情報(社会保障番号、生年月日)も入っていることが判明。「現在のところ、情報がどの程度流出したか確認できていないが、念のためにクレジットエージェンシーに連絡して、無料のセキュリティーアラートを設定することをお勧めします」というメールが回ってきた。

社会保障番号と生年月日というのは、戸籍制度のないアメリカにおける個人のアイデンティティの一番基礎である。どのくらい大事かと言うと、証人保護プログラム(凶悪犯罪の内部告発者などが「裏切り者」として危害を加えられないように守る政府プログラム)では新しい「人格」を与えるために、新しい社会保障番号と出生証明書を用意してくれるんだそうである。

さて、セキュリティーアラートを設定するとどのようなことをしてくれるのかという説明は専門のサイトにお任せするとして、ID theft業界内の最近の成長業種(?)は税金払い戻し詐欺なんだそうである。他人の社会保障番号を使って適当な数字を並べたタックスリターンを作成し、税金の払い戻しを手に入れるという作戦で、なにしろあまりに儲かるものだから、暴力犯罪から手を引いてこれに専念している犯罪者も増えているとか。現行では、納税者の手元に還付金がなるべく早く届くように、ファイルしたタックスリターンと、その内容(W-2など)の照合は、なんと還付金が送られたあとで行われるのだそうだ。同一の納税者が(訂正などの場合を除いて)二度、同一年度のタックスリターンをファイルできないようなシステムになっているので、本物の納税者がタックスリターンをしようとしてシステムに拒絶されて、何か妙なことが起こっていると発覚することが多いらしい。だから、犯罪を志す人は、非常に早くリターンをファイルするのが常のようだ。

見方を変えれば、多くの人の嫌うタックスリターンを嬉々として、それも早い時期にファイルするくらいの勤勉さがなければ、犯罪者にもなれないということか。

マリー・アントワネットのオルガン

オルガン協会の月報をパラパラめくっていたら、こんな記事が目についた。
Marie-Antoinette’s orgue du Dauphin

「マリー・アントワネットの『皇太子のオルガン』」シャルル=マリー・ヴィドールという19世紀後半から20世紀初めにかけて活躍したフランスのオルガニスト・作曲家が1899年に書いた記事を英語に翻訳したもの。ヴィドールの作品で有名なのは、結婚式の退場の音楽としてよく使われるオルガン交響曲5番のトッカータ。リンク先の英語のウィキペディアページに音源がある。

概要は以下の通り。後半部分は大幅に端折ってあります。

1804年、サン=シュルピース教区は、ルイ15世様式の中古のオルガンを購入した。エレガントな装飾が施され、王家の紋章のついたそのオルガンは、1793年にトリアノンから出たものだという。楽器としてはまずまずの状態だったが、鍵盤はオリジナルでないことは明らかだった。王家のオルガンなら、鍵盤は象牙か真珠層で被われていたに違いないが、この楽器の鍵盤は削った骨で被われていたからである。オリジナルの鍵盤はドミノの牌かオペラグラスにでも転用されてしまったのだろう。

2年前(この原文が発表されたのは1899年だから、1897年か?)、筆者がカヴァイエ=コル(19世紀フランスの天才オルガン建造家。詳細はこことかここを参照。)のワークショップを訪ねたとき、倉庫の隅にローズウッドの枠組みに象牙の象嵌とフランス王家の紋章の入った鍵盤が埃を被っているのを見つけた。カヴァイエ曰く、「あれはヴェルサイユのチャペルのオルガンの鍵盤ですよ。オルガンを修理したときに鍵盤は付け替えるしか方法がなかったのでね。あの古い鍵盤は焚き付けくらいにしかなりませんよ。」焚き付けだなんてとんでもない!筆者はオルガン建造家から鍵盤を貰い受け、それをマリー・アントワネットのオルガンに付け替えるよう説得した。

昨年10月、ヴェルサイユのチャペルのオルガンの鍵盤が、マリー・アントワネットのオルガンに取り付けられたという記事が新聞に載ると、筆者はヴェルサイユ宮殿博物館の学芸員、ノラーク氏から連絡を受けた。「このマリー・アントワネットのオルガンとやらは一体何なんですか?どうしてヴェルサイユのチャペルのオルガンの鍵盤が、わたしの知らない間にパリに流出したのです?そもそもマリー・アントワネットがオルガンを作らせたという記録は、王家の出納簿には記載がないのですけどね?」

筆者は、このオルガンの由来に関しては、古物商から聞いたという話と、楽器の様式から推測できる以上の知識は持ちあわせていなかったので、真相を探るべく、ノラーク氏に現物を見てもらうことにした。

氏の鑑定によると、これは当時の記録から見て、皇太子、すなわちルイ15世の息子、ルイ16世の父のために作られたオルガンに違いないという。皇太子は音楽を愛好し、妃のマリー・ジョセフはバッハのパトロンでもあったザクセン選帝侯の娘だったから、内輪の音楽会では偉大なるセバスチャンの作品も演奏されたのかもしれない。皇太子は1765年に病気で亡くなり、妃も15ヶ月後にそのあとを追った。記録によるとこのオルガンは夫妻の死後、ヴェルサイユのサン=ルイ教区に寄贈されたというが、筆者としてはオルガンはサン=ルイに移されることはなく、1770年か1771年に新しい皇太子妃マリー・アントワネットのためにトリアノンに移されたのだと考えたい。当時のサン=ルイ教区の記録には、オルガンの維持費の記載がないことからも、これは妥当な推測だと思える。トリアノンの日常に、音楽は大きな部分を占めていた。1789年10月5日、パリの群衆が押し寄せてくるまでは。

(後記:1975年、このオルガンはヴェルサイユ宮殿に移され、現在はそこで見ることができる。)

医療費未払いとクレジットスコア

高騰する医療費で破産した、とか破産寸前とかいう話は珍しくないけれど、これは少額の未払いの医療費がいつの間にかクレジットビューローに報告されていて、気づいた時には既にクレジットスコアに傷がついていた、というお話。

ホワイトさんの息子が9歳のとき、自転車遊びの最中に木の枝にぶつかって怪我をした。ただちに救急車が来て病院に連れていかれ、事無きを得たのだが、保険会社との間で救急車の費用200ドルの支払いを巡って問題が。保険の契約によれば救急車の費用はカバーされるはずなのだが、保険会社は払わないという。すったもんだの挙句、こんなことなら自分で払った方がマシだとホワイトさんは諦めたのだが、既に時遅し、この200ドルはホワイトさんの知らない間にクレジットビューローに(未払いとして)通報されていたのである。ホワイトさんがその事実に気づいたのは、6年後、家のモーゲージの借り換えを試みたときのことだった。この未払いのせいで、クレジットスコアが約100ポイントほど下がり、よい利率で借り換えるためには数千ドルも余分に手数料を払うはめになった(おそらくポイントを課されたのだろう)という。

この人は、なぜ6年もの間、一度も自分のクレジットスコアをチェックしなかったのかというツッコミはさておいて、わたしが医者に行くのが嫌いな理由の一つに、間違い請求の多さがある。アメリカに来て20年の間に、両手の指で数えられるほどしか医者には行ってないのだけど(歯科を除く)、ほぼ50%の確率で間違い請求を受けている。(もう一つの医者嫌いの理由は、自分がもともと医者なので、医者にできることの限界をイヤというほど知っているから。)

あるときは「カバレッジを拒否されました」というお知らせのレターを見てみたら、請求する保険会社・ID番号が間違っていた。受診したときに保険の情報を見せろと言われなかったので、おかしいなと思っていたら、おそらく請求の段になって必要な情報が欠けていることに気づいた事務員が、適当にウソの番号をでっち上げたのではないかと踏んでいる。

あるときは受診時にco-payを払ったのに、後になって家に請求書を送って来たり。たまたまco-payはチェックで払っていたので、すぐにチェックの写しをコピーして、「既に払いましたよ」と返事したのだが、これをキャッシュで払ってレシートを失くしていたら、証明する手立てがないところだった。(わたしは20ドル、30ドルくらいまでの支払いはよくキャッシュでするので。)

また別のときには、保険でカバーされているはずのチャージに対していつまでもしつこく請求書を送ってくるので、面倒になって支払ったら、4年後、「院内の監査で間違い請求が見つかりました。過剰請求分をお返しします」というレターが来て驚いたこともある。その間に州を越える引越しを2回、同じ州の中での引越しを1回していたので、どうやって住所を追跡したのか謎。

元気なときでも間違い請求と対決するのは面倒なのに、本当に病気になったら、こんなもん、相手にでけへんわ、というのが正直なところ。保険会社の種類が多く、事務手続きに医療費全体の約3割が無駄に使われているというが、間違い請求に対応させられる患者側の無駄な時間と労力を含めれば、失われた生産性はもっと高いのではないかと思う。最近は医療費の請求書を調べて、過剰請求を見つけてくれる商売まであるらしい。

さて、クレジットスコアに話を戻すと、クレジットカードのチャージの間違いを発見した場合は、何日以内に申し出ないといけない、カード会社は何日以内に調査しないといけない、その間、消費者のクレジットレポートは保護される、と法律で決まっているが、医療費にはそういう法律がないのも問題の一つなのだそうである。現在のところ、医療機関がいつ未払いの医療費を回収業者に回すか、回収業者がいつクレジットビューローに連絡するかは全く規制がない。現行では、期限より遅れて支払ったものは、医療費であろうがモーゲージであろうが、同様に「支払い遅れ」として記録に残る。医療費に限って、支払われたら即座に「支払い遅れ」の記録を削除しようという法律も検討されているらしいが、それだけでは請求間違い・保険の支払問題による支払い遅れなのか、本当のクレジットリスクなのか区別できないという問題もある。

アメリカの医療の問題は尽きないね。