えっ、ネブラスカで原発事故?

昨日、ミズーリ川洪水の記事を書いたときは知らなかったのだけど、実はネブラスカの原発の状況に関して主にネット上で様々な流言飛語が飛び交っているらしい。ためしに「ネブラスカ」「洪水」「原発」のキーワードで検索してみたら、2ちゃん(ここは魑魅魍魎の巣だからカウントしない)以外にもいろんなヒットがあった。

たとえば

米国のネブラスカ原発が火災と洪水に見舞われ危機的状況か

とか、

オバマが報道管制を敷いているとか。

現地はバス80台で既に緊急退避させられてるってのもあったっけ。

、、、そんな話、地元じゃ聞いてねえよ。

こちらが「水没した」という評判の原発Fort Calhounを運行するOPPD (Omaha Public Power District、オマハ公共電力公社) の回答。

http://www.oppd.com/AboutUs/22_007105

英語から日本語にグーグル翻訳したらめっちゃ変(Power Station(発電所)が「駅」だったり)だったので、めんどうだけど、以下、日本語訳。(だいたい逐語訳だけど、どうしても日本語にならない部分は意訳。日本語の放射能関係の用語を知らないので、その辺はいいかげんかも。)

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Fort Calhounはレベル4の非常事態だと聞きました。

  • USNRCのサイトをご覧ください。
  • この表現は正確ではありません。
  • Fort Calhoun発電所は6月6日に「異状事態報告」(Notification of Unusual Event, NOUE) を出しました。
  • NOUEはNRCの規定する4種類の非常事態分類のうち、もっとも軽微なものです。
  • Fort Calhoun発電所はミズーリ川の水位が海抜1004フィートを越えると想定されたので、NOUEを出しました。(6月9日にその水位に達しました。)
  • Fort Calhoun発電所は4月9日の定期燃料棒交換以来、コールドシャットダウン(稼働していない)状態になっています。川の水位が下がるまで、この状態が続きます。
  • 原子炉、使用済み燃料保管プールとも、正常かつ安定した状態で、両者とも保護されています。これまで放射能漏れはありませんでしたし、今後もそのような懸念はありません。

日本の福島原発同様、Fort Calhoun発電所から放射能が放出されたので、発電所周辺が飛行禁止区域になったと聞きました。

  • 洪水によるFort Calhoun発電所からの放射能漏れはありませんでしたし、今後もそのような懸念はありません。
  • 飛行制限はミズーリ川洪水のためにFAAによって設定されたものです。(訳注、これに関しては上のNRCのサイトに詳しいが、原発周辺は9−11テロ以来、飛行制限がかかっているにもかかわらず、洪水関係のニュースのために周辺をメディアのヘリコプターが飛び交っており、これに対してOPPDの通報を受けたFAAが「原発周辺は飛行禁止ですよ」と注意を喚起したことが、「洪水のために原発事故が起こって、周辺が飛行禁止になった!」と報道されたもののよう。)
  • 原子炉は厳重に防水された建屋の中に格納されており、正常かつ安全なコールドシャットダウン状態で、23フィート以上の深さの冷却用純水に覆われています。
  • それに加え、当社 (OPPD) は重要な建物、機材の周辺にはアクアダム(商標)などの対水対策(訳注、bermって日本語で何というのでしょうね?ソーセージのお化けみたいなもので、水流をブロックするのです。)を行っています。

6月7日にFort Calhoun発電所で起きた火災のため、発電所内の使用済み燃料保管プールが沸騰し、放射能漏れの危険があると聞きました。

  • Fort Calhoun発電所の使用済み燃料保管プールにそのような差し迫った危険はありません。
  • 6月7日朝、Fort Calhoun発電所の電力スイッチギア室内で火災が発生したため、使用済み燃料保管プールを冷却するポンプの電源が一時的に失われました。
  • 電力スイッチギア室内の消火システムが正確に作動し、火災はすみやかに鎮静しました。
  • 約90分の電源喪失の後、使用済み燃料保管プール冷却用システムは原発作業員によって予備ポンプに接続されました。
  • 冷却が中断した間に保管プールの水温が2、3度上昇しましたが、保管プールが沸騰の危機に瀕したことはありません。
  • このため、Fort Calhoun発電所は6月7日に警告 (Alert)を発しました。
  • AlertはNRCの規定する4種類の非常事態分類のうち、2番目に軽微なものです。
  • 6月7日午後1時15分頃、Fort Calhoun発電所はすべての適切な安全対策を完了し、前述のNOUE状態(最初の項目参照)に戻りました。

OPPDは鉄道輸送が止まれば発電に必要な石炭が不足すると聞きました。(訳注、OPPDはこの原発以外に火力発電所を運行している。)

  • 現在のところ、OPPDの2カ所の火力発電所への列車運行は続いています。OPPDと外部業者によってネブラスカシティ駅の路面を高くし、発電所への石炭運搬の継続に努めています。(訳注、ネブラスカシティはオマハの南にあるミズーリ川沿いの町で、ここも洪水でかなりヤバい。)
  • 火力発電所には、すでに数ヶ月分の石炭が確保されています。

頭上の送電線に赤い旗が付けられているのは、OPPDがこれから(あるいはすでに)その電線への電力供給を停止し、その区域への送電を停止するという意味だと聞きました。

  • 頭上の送電線にオレンジ色の球もしくは赤い旗が付けられているのは、航空機や周辺で重機を操縦する作業者に高圧電線に対する注意を促すためです。
  • 電柱に付けられた赤い旗は、その電柱で送電が停められていることを示します。

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個人的にはネブラスカの発ガン要因で重要なのは、喫煙と地下水系から飲料水に混入していると言われる農薬だと思う。

ミズーリ川洪水

日本の地震とそれに続く津波、原発問題は遠いところのことだと思っていたら、実は自分の足元も決して安全ではないことに気づいた。

オマハは大陸横断鉄道がミズーリ川を渡るところに位置し、鉄道と川による物資の運搬をもとに築かれた町である。(ミズーリ川の東側はアイオワ州、西側がネブラスカ州。ミズーリ川はロッキー山脈内に発し、東/南に流れてセントルイスでミシシッピ川に合流する。全長約2300マイル(3700キロ)。)しかしこの冬の雪解け水のためにミズーリ川の水量が異常に上昇しており、すでに川沿いの何カ所かでは住民が退避させられたところもある。土嚢などで堤防の補強をしているが、果たしてこれがいつまで持つのか?この春はかなり雨が降ったし、最近も雷雨が多いので、地盤が緩んでいるのも心配。

地元新聞は、毎日洪水関連の記事がいっぱい。

ミズーリ川

川沿いの低地には原子力発電所が二カ所ある。オマハエリアに電力を供給するFort Calhounはオマハから北にほんの20マイル(30キロちょっと)、もうひとつの原発はオマハから南に70マイル。どちらも大規模な事故が起これば、オマハは明らかに危険区域内。Fort Calhounは4月に燃料交換のために運転停止し、洪水が予想されるために今のところ再起動していないらしい。南の原発は川の水位上昇に伴って警戒態勢に入っているとのこと。

この辺は地震や津波の心配はないから、なんて他人事のようなことは言ってられなくなってきた。

いわゆる一流誌の内幕

もう何年も前のことだが、いわゆる(サイエンス業界で)一流といわれる商業雑誌のエディターに応募したことがある。厳密には同じ会社の出している「超一流雑誌」でなく、その姉妹誌の「一流雑誌」の方だったのだが。

(「学会誌」でなく「商業雑誌」というところで、内輪の人なら少数の会社に絞れるでしょう。姉妹誌をたくさん抱える会社といえば、ますます数が限られそう。)

え、雑誌のエディターって英語ネイティブでなくてもいいの?と言われそうだが、昔のボスの同級生(というか、同じ頃に同じラボで一緒にポスドクした人)の英語ノンネイティブが有名雑誌のエディターをしていたことを知っていたから、ああいうところのサイエンスエディターは、普通に読み書きさえ出来れば、英語ネイティブに拘らないことには確信があった。

普通、アメリカの求人募集には、CVと過去の業績、今後の抱負を書いて送るのだが、この求人には「適当な論文をひとつ選んで、それを紹介する記事を書け」という「宿題」が付いてきた。紹介記事を書こうにも、これはと思う論文にはすでに紹介記事が書かれてしまっているから、既存の紹介記事のない論文で、比較的自分の得意な分野で、というと数が限られる。その中からまあまあ面白そうなものを選び、なんとかそれらしいものをデッチあげた。そうやって応募書類一式を送ってしばらくしたら、「電話インタビューをするのでいついつのこの時間はオーケーか?」というメールが来た。

電話インタビューの内容は、自分のバックグラウンドの紹介、なぜエディターに興味があるのか、給料はこの程度だが大丈夫か、といった比較的単純なもの。ただ、ここでもまた新たに「宿題」が出て、今度は、「過去三ヶ月以内に当雑誌に掲載された論文のうちから、一番良かったと思うもの3本、これはこの雑誌にふさわしくないと思うもの3本を選び、それぞれ理由を述べよ」というもの。最初の応募のときには論文ひとつだったのが、今度は合計6本。数を増やすことでやる気のない応募者をふるい落とそうということか?

この宿題も何とか退治して、それから全然連絡がなかったから、ああ、やっぱりだめだったのかな、まあ、いわゆる記念受験だから、それでもいいんだけど、と思っていたら、ある日突然、「インタビューに来てください」のメールが!

インタビューの概要は、普通の就職面接とあまり変わらなかった(自分のバックグラウンドをどのように生かしたいか、この雑誌をどういうものにしたいか、等)のだけど、ひとつまたサプライズが登場して、これは一流雑誌に論文を投稿するときに、エディターは何を見るのか、ということを知る上で非常に役に立った。

すなわち、朝一番、到着したとたんに論文の原稿を数本(5、6本だったと思う)渡されて、「これ、読んでね。半時間くらいしたら編集会議するから。」

いくらなんでも半時間でこれ全部、きちんと読めるわけないやん。編集会議っちゅうからには、これで論文の当落が決まるんでしょ。そしたらあんまりええかげんなこと言われへんから、ちゃんと読まなあかんやん。まあ、最初から向こうさんも、こっちが全部読めるとは思ってへんやろうから、半分読めたらええことにしよか。3本30分、1本10分や〜!

で読みはじめたのだけど、どれもこれも自分のあまり詳しくフォローしてない分野ばかりで、あえなく時間切れ。

チーフエディターと他のエディターたちが部屋に入って来て、「読めた?」

「うっ、えっ、はあ、まあ、なんとか。」

「何本読めた?」

「3本を、まあ上っ面を。あんまり詳しく読めてませんが。」

どうやらこれは、前日からだったか、前の週からだか、とにかく新しく投稿された論文を外部審査に回すかどうか決める編集会議で、これを通過しなければ外部審査なしのリジェクト、ここを乗り越えてはじめて外部審査に行けるという仕組みになっている。これでよくわかったのだが、この手の編集会議に際して、エディターは論文の全部を詳しく読むわけではない。全文を詳しく読むのは外部審査の仕事で、エディターはその論文が「考慮に値するか」を決めるのが仕事なのである。で、エディターが読むのはカバーレター、イントロとディスカッションの特に結論部分。イントロと結論でいかにこの研究が素晴らしいものであるかを思いっきり売り込まないことには、門前払いをくらうわけである。

これは研究者の立場、とくに駆け出しの院生などにジャーナルクラブをやらせると、前後のコンテクストなしに「結果」の部分だけほじくってくるのと対照的である。

結局このインタビューは、それから2週間ほどして “Thank you but no thank you” のお知らせが来て、やっぱり記念受験に終わってしまったのだが、エディターがどういう視点で論文を見るかというのを垣間みることができた点で非常に有意義だったと思う。

iPad2!

最近、学生とディスカッションしたり、ペーパーを読んだりするのに、紙よりもやっぱりコンピューターがいいなあと思うことしきり。なにしろ紙だと、後で検索できないのが何よりも辛い。Kindleを買ったときに、これでペーパー(PDF版)を読めないか試してみたけれど、白黒であることと、画面がスムースにスクロールしないことがネックになって、Kindleは諦めた。そうなると、

やっぱりiPad?

ということで、別に音楽聞くわけでなし、フェイスタイムがしたいわけでなし、写真を撮るわけでもないのだけど、数週間ほどチラチラとApple StoreでiPadを眺めていた。最初は旧型iPadのrefurbishしたのを買うつもりだったのだが、偶然AMEXのアカウントにログインしたら、「ポイントでiPad2が買えます。」という殺し文句に遭遇。わざわざ年会費まで払って維持してるアカウントなのだから利用しない手はない、ということで、無駄に貯めたAMEXのポイントでiPad2の一番ちっちゃいやつを注文してしまった。(この前AMEXのポイント使ったのは、今通勤用に乗ってる自転車買ったとき。物を買う方が、飛行機のチケットに使うよりずっと得だと思う。)

で、今、これ、人気商品なのね。何しろ「お届けは2〜3週間後」。毎日、まだかな〜、まだかな〜と思っていたら、先週になって「あなたの注文された品物が発送されました。」のメールが。かくして毎日、UPSのトラッキングとにらめっこする日々が始まった。

工場を出発して、そこからEPZ (export processing zone) って所に行ったのだが、本当に飛行機に乗ったのはそれから3、4日後のこと。その間、何してたんだ?それもすんなり直行でアメリカに来るのかと思ったら、香港経由でアンカレッジへ。アンカレッジって昔は日本からヨーロッパと行き来する飛行機の中継地でにぎわってたけど、今は直行便だから、アンカレッジに行ったことのある日本人は減ってるんだろうな。(今でもあるのか、白壁整形外科の広告?)しかし東アジアからの飛行機貨物のアメリカへの入り口としては今でも重要な地点なのだろう。アラスカの次はケンタッキーに飛んだことになっているが、何しろ何度も到着/出発を繰り返しているようなので、その間、さらに中継地点を経由しているのかどうかはよくわからない。まあ、何はともあれ、今朝無事に家に配達されたのはまことに目出度い。

で、家に帰ってきて早速セットアップに取りかかったのだが、最初オンにしたとき何故かWiFiがつながらず、ちょっと焦った。3GのないWiFiオンリーモデルを注文したから、WiFiがつながらなければただのアルミとガラスの固まり。不良品なのか、WiFi routerとの相性が悪いのか、とrouterの調子を見に行ったら、なぜかrouterの側に来るとWiFiを感知できるようになった。いったんWiFiを感知できるようになったら、その後は家中どこでも快調。最初の不調は何だったのか?(時差ボケ?)

最初からこれは論文とノート取りのマシンのつもりなので、オフィスの母艦MacBook Proとのやり取り用にDropboxを入れ、App StoreでiAnnotateとNotes Plusを購入。わたしにとっては有料アプリを買うのは一大事なので、これで自分の仕事にかける意気込みのほどが知れるだろう(何のこっちゃ。)

しかし考えてみたら、この一年ほどの間に上はオフィスのコンピューターから下は電話まで全部、アップルの回し者になってしまったような気もしないでもない。

The Emperor of All Maladies

「あらゆる疾患の帝王」とはまた凄い題名だが、これは現役の癌治療医であり、また同時に研究者でもあるSiddhartha Mukherjeeによる「癌の伝記」。(本論とは関係ないが、著者は名前からみて明らかにインド系で、そういうバックグランドの人が第一線で活躍しているというところにアメリカ社会のダイナミズムの一端が窺えるかもしれない。)著者が実際に担当した患者の話と、癌治療の歴史が自由自在に交錯し、そのストーリー展開のテンポが非常に良い。今年のピュリッツァー賞に輝いた。

わたしは一応、前世(?)は小児血液腫瘍医なので、ここに登場する一つ一つのエピソードは非常に身につまされるものが多かった。研修医の頃、同じオフィスの外科研修医が乳がんの手術録を書くのをよく見かけたが(わたしは大学病院で研修しなかったので、同期の研修医全員が一つのオフィスを共有していた)、多くは「ハルステッド法に基づき乳房全摘」。当時はうかつにも気がついていなかったのだが、ハルステッド法は19世紀末に開発された手術法。つまり、19世紀末からわたしが研修医をやっていた時代まで100年近く、乳がんの手術といえば同じ術式を延々と繰り返していたわけだ。しかも、最近でこそ日本でも成人固形腫瘍の化学療法がメインストリームの治療の一部として市民権を得ているようだが、わたしが研修医の頃は、固形腫瘍の治療は手術が絶対、再発は外科医の敗北であり、化学療法はその敗北に対する申し訳程度の地位でしかなかった。(もちろん外科医の口からそのような言葉を聞いたわけではないが、内心そう思っているであろうことは、言葉の端々から十分窺えた。)

一方の小児の化学療法はといえば、とにかく治療を強くすればするほど完治の可能性が上がるだろうという暗黙の了解のうちに、様々な抗がん剤の組み合わせが試されていた。髪の毛が抜けるのは「がんなんだから仕方がない」、骨髄抑制がきて赤血球や血小板が下がれば輸血すればいい、顆粒球が下がれば、まあそのうちに戻るさ、それまで感染が来たら抗生物質で対処、今時、治療による骨髄抑制で命にかかわることなんかないさ、といった、これまたなかなかワイルドな世界だった。

この本には次から次へと懐かしい名前が登場する。ああ、この人は、こういう人だったのか、と目からうろこの落ちる思いをすることがいっぱい。先に書いたハルステッドが1世紀も前の人だったことをはじめ、薬理の教科書の定番、Goodman and Gilmanだとか、Lasker賞のLaskerとは何者か、あの”War on Caner”はどこから来たのかとか、ハーバードのラボの住所で時折見かける”Jimmy Fund Way”というのは何なのかとか。今では泣く子もだまるUCSFが、Michael Bishopが着任した当時は一介の田舎大学と思われてたというのも驚き。

ここに描かれたコンテクストをもとに80年代、90年代のペーパーを見直すと、どうしてそれが画期的だったのか(あるいは大ハズレだったのか)が見えてくる。過日も同じ研究所の他のファカルティと話していたのだが、是非とも院生の必読図書に指定したくらいの本なのである。

(いずれ日本語訳も出るかと思うのだが、これだけの内容を読みやすく、かつ正確に訳せる人がいるのかどうかが心配。この間もある日本の大手経済誌にアメリカの経済学者のエッセイの日本語訳が掲載されたが、内容の大筋は良いとして、本人が自分の罹患した疾病について書いた部分の訳の不正確さが気になった。どうして掲載前に医学部分を専門家にチェックさせないのか?アメリカ人は、専門家でなくても、多少教養ある人は医学用語を正確に使う。だから雰囲気で不正確な日本語を当てはめるのは良くない。)

Cyberwar

最近、ソニーにハッカーが入ったり、シティバンクから情報が流出したり、コンピューター関連の事件が目立つが、ちょうどタイムリーに今週号のNatureに、一年前にイランのコンピューターを襲ったコンピューターウイルス(正確にはワーム worm らしいが、ここでは悪質ソフトは一括りにウイルスとしている。)に対する、わりと踏み込んだ記事が登場 。(リンクが動かない場合は、こちらから -> 474142a

(日本では同じ号に出てるヤマナカ研のペーパーの方が大きく話題になっているようだが、今のところ、体細胞のリプログラミングとコンピューターのハッカーのどちらが日常生活への影響が大きいかといえば、コンピューターの方ではないのか?)

コンピューターセキュリティの専門家たちが解明したところによると、このイランを襲ったウイルスは、これまでのよくあるウイルスのように、利用者の個人情報を盗んだりするのではなく、工業機械を制御するコンピューターを攻撃するという、全く異質のものだった。

使用されたウイルスプログラムは非常に高度なもので、そのターゲット(イランの核兵器開発に関わるのではないかと噂される工業機械)と鑑みて、政府レベルの関与が強く疑われたが、確証はない。しかしこの記事では、米政府のコンピューターセキュリティ部門が妙におざなりな対応しか取らなかったという状況証拠から、その「政府」というのは米政府ではないかと推測している。(事件が明るみに出た当時のアメリカのメディアはイスラエル政府を疑っているようなふしがあったが、Natureは一応イギリスの雑誌だからこういうことも書けるのかもしれない。)

NatureでなくEconomistあたりに載ってもおかしくないような読みやすい記事。本文を読むのが面倒なら、挿絵だけでも見てほしい。現代生活にコンピューターは切り離せない。これがこれからの戦争なのか?

生命保険

今日のNew York Times Magazineのエッセイは、「生命保険」を考える上でちょっと参考になるかもしれないと思った。

以下はその抄訳。オリジナルは書き手の心の動きとか、そういうのがもっと具体的に描写されているけれど、ここはあくまで「生命保険」を考える上で必要な部分だけ抜き出した。

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自動車保険のことで保険会社に電話した筆者、用件が終了したところで生命保険部門に転送されることになった。

「本日、生命保険のご用件を承りますミシェルです。つきましては、まずいくつか質問させていただきます。タバコはお吸いになりますか?」

「いいえ。」

「お酒は飲みますか?」

「たまにビール、ワイン一杯程度。」

「現在、服用なさっている薬はありますか?」

「いいえ。」

「現在、または過去に以下の病気にかかったことはありますか?アルツハイマー、関節炎、糖尿病、心臓病、高血圧、痙攣、脳卒中、癌?」

「ありません。」

「お住まいは、持ち家ですか?」

「いいえ。」

「結婚なさってますか?」

「いいえ。」

「お子さんは?」

「いません。」

「ご家族は?この場合の『家族』というのは、子供さんとか、お客様が亡くなったときに経済的負担をかけたくない人のことです。」

「僕が死んだときにお金がもらえれば、僕の死に対する悲しみを軽減できるような家族、友人はいますよ。」

「お客様、生命保険というのは財産の保護が目的で、財産を築くのが目的ではありません。」(F Fries注: わたしは実はこの一文が非常に気に入って、この記事を取り上げることにした。)

つまり保険部門の係員の判断によると、筆者の現状で必要なのは、葬儀費用程度ということになった。つまり、保険会社にとって儲かる客ではない。

「また、身辺状況が変わられましたら、その時点で見直し、ということでいかがでしょうか?」

「じゃ、そのときに僕の方に電話してもらえますか?」

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大事なものを守るためにかける保険だけど、不必要な保険をかけすぎていませんか?

地震予知を誤ったため、裁判に!

念のため、日本ではなく、イタリアの話。

今週号のサイエンス誌の記事によると、(リンク先で読めない場合、こちらをどうぞ –> 1135.full )2009年のL’Aquilaの地震(M 6.3、死者308人)を予測できなかった災害リスク委員会の学者たちが、過失致死の疑いで刑事裁判にかけられることになったという。

なんでそんなことになったのかというと、その当時、当地ではM4を含む程度の地震が頻発していたのだが、本震の6日前に開かれた災害リスク委員会で、これを大地震の前兆と断定することはできないと判断し、テレビのインタビューで委員会のメンバーが「危険はない」と言ってしまったらしい。つまり、そこで災害リスク委員会が大地震の危険性を認識し、L’Aquilaの住人たちに避難勧告を出していたら、多数の死傷者を出すに至らなかっただろうということ。

しかし、この検察側の言い分は、当該の学者たちのみならず、地震学専門家には大ショックだったようだ。

「現在の地震予知技術では、これが大地震の前兆と判断できる確率は1%がせいぜい。」「前震が大地震の予兆だったと判断できるのは、今の時点では大地震が起こってしまってからでしか無理。」(<-- 自分の分野がサイエンスとしてまだまだだということを威張って、どないするねん。) 「委員会の任務は、科学的データに基づいた意見を提供すること。それを元に住民に避難勧告を出すのは政治家の仕事。」「1%の確率で、住民避難という高コストな判断を下すことはできない。」(<-- 今の日本の原発を巡る状況がまさにこれ。皆、政治家をボロカスに言ってるくせに、その当の政治家に先導しろと言ってるんだよね。) 「委員会を訴えるよりも、M6.3くらいで倒壊するような建築物を建てた建築業者を訴えるべき。」(<-- これは大事。あれだけの地震で多くの建物が揺れに耐えた日本の建築は無条件にすごい。) なんか現在の日本にとって他人事でないような。。。

Bilingual Advantage

この記事によると、バイリンガルの人はアルツハイマーの発症が、一カ国語しかしゃべれない人よりも数年遅いのだそう。ただしこれは、バイリンガルだとアルツハイマーにならないという意味ではなく、たとえアルツハイマーになっても、日常生活に必要な能力をより長く保てる、ということらしい。これは、バイリンガルの脳は、一カ国語しかしゃべれない人と比べて、より複雑な高次統御機能が発達していることと関係するという。なお、この場合のバイリンガルというのはいわゆる本当のバイリンガルで、学校時代に外国語をちょっと習ったけどその後実際に使って生活していない人は該当しない。

昔の同僚のフランス人、ちょうど言葉を覚える年代の子供を連れてアメリカに引っ越して来たが、子供が追いかけっこをしながら “Attends me!” (フランス語で「待つ」のattendreの活用形と、英語のmeがごっちゃになった言葉)と叫んでいると嘆いていた。あの子たちはバイリンガルになったのだろうか?