知らぬ間に…

以前はちょくちょく Petfinder.com で、うちの近所でどんなワンコが引き取られるのを待っているのかサーチしていたのだが、このところしばらくご無沙汰。(いや、別にもう一頭、ワンコが欲しいというわけではなく、みんな、いい家に引き取られたらいいなあ、という気分で眺めるだけなのだが。ちなみにこのサイトは humane society やレスキューのペット専門で、ブリーダーやペットショップのペットは扱っていない。)

先日久しぶりにサイトを覗いてみたら、Gigi を譲ってくれたオバサンのやってるレスキューの名前が出て来ないことに気づいた。いつも「犬」「プードル」をキーワードにサーチするので、もしかしたらオバサンのところ、最近プードルがいないのかなと思ってレスキューの名前で探すも見つからない。個人でやってたレスキューだから、オバサン、力尽きて店じまいしたのかと思って Google でサーチしたら、こんな記事が出て来た。

Over 100 dogs taken from Cortland residence

Gigi はオバサンのところから直接ではなく、オバサンのところから里子(foster)に出された先に貰いに行ったので、オバサンのところがどんな状態だったのか、わたしは知らない。しかし、 petfinder に出てくる犬の写真の背景に、よく他の犬(複数)が写っていたので、オバサンの家は犬がウジャウジャ状態であったことは想像に難くない。

はたしてこの件は裁判になるのか、法廷の外で決着がつくのか、今のところ前途不明だそう。
Other Dog Rescues Watching as Stickney Battles in Court

オルガンが来た!

何だかんだと言ってるうちに、結局オルガンを買うことにした。個人用に買うとなると、選択肢は以下の通り。

  • 小型パイプオルガン(そういうものが本当にある。新品で3万ドルくらいからだそう。中古のパイプオルガン専門の斡旋サイトもある。)
  • 電子オルガン、新品(高い。安いので1万ドルくらい。ちょっとしたやつだと数万ドル。)
  • 電子オルガン、中古(品質さまざま。「無料で差し上げます」という広告もちらほら。古い電子回路は部品がなくて補修できないことがある。)

ということで、古い電子オルガンの中身をはずして外枠だけ残し、それにMIDIキーボードとコンピューターを搭載し、ペダルもMIDI化したのを見つけたので、それを買うことにした。どうせ練習用だから、ほどほどの値段でメンテナンスの手間がいらないのが一番なのである。

昨日、無事に到着。(これを製作したおっちゃんが、ミネアポリスから一人でトラックの荷台に積んでやって来た。)

本体の上に見える画面がコンピューター。 Hauptwerk というオルガンソフトウェアが入っていて、オルガンの種類、レジストレーションを選べる。

目には目を

大雪のシカゴで近所の人が雪の中から車を掘り出すのにシャベルを無断借用、しかし相手が悪かった。このシャベルの持ち主はセキュリティカメラ会社にお勤めのデイヴィドさん、当然のことながら自分の家の周囲にもカメラが張り巡らせてあった。記録を見直してシャベル泥棒を同定したデイヴィドさんは、仕返しのためにその人の車を雪で埋めたという。埋められた車を掘り出すのに、今度は4時間かかりましたとさ。

 

シカゴ、とくに市内は駐車スペースが貴重だから、他人が掘り出した路上駐車スペースに無断で車を停めるのは礼儀違反とされている。(市はこの習慣をやめさせようといろいろ呼びかけているのだが。)本当かどうか知らないけれど、これまで聞いた話の中でいちばんすごかったのは、自分が掘り出したスペースを横取りされたのに腹を立てた住人が、その駐車車両の上からどんどん水をかけて、車を完全に氷漬けにしたというもの。雪ならまだ掘り起こせるが、分厚い氷に包まれた車は、ちょっとやそっとのことでは動かせない。金槌で叩いて車を傷つけるのも嫌だろうし。結局その車は春までそこに放置されたまま。いったん氷が溶けた後は、その車は二度と姿を見せませんでしたとさ。

Too Big to Fail

これも一年以上前に出た本なので既に読んだ方も多いと思うが、面白かったのでご紹介。

前に紹介した The Big Short が Bear Sterns の破綻で終わるのにまるでタイミングを合わせたかのように、この本は(著者は違うのだが)ちょうど Bear の崩壊から話が始まる。 Bear の次は Lehman か、とジワジワと真綿で首を締めるように Lehman へのプレッシャーが上がってくる。いったん Lehman が危ないという懸念が広がりはじめると、好決算を発表しても市場のセンチメントは変わらない。なんとか会社を立て直そうと、投資家からの資金援助、他行との合併など様々な方策を探るが、最終的には Chapter 11 という、まさかの結果を迎えることになる。

日本語では「リーマン・ショック・コンフィデンシャル」という題で訳が出ているらしい。確かに Lehman の動きに多くのページが割かれているが、 AIG にもかなりの焦点が当てられている。ここで扱われているのは Bear Sterns 崩壊から TARP (いわゆる bailout 法案)発動までの約半年の経済界全体の混乱ぶりであり、大恐慌の再来をなんとかして防ごうとするエリート金融機関の重役、政府高官の必死の努力の軌跡である。(ついでに、英語ではあまりリーマン・ショックという言い方は聞かないように思うのだが、これはわたしが無知なだけ?)

以下、思ったことをいくつかランダムに。

この本は、ニューヨークタイムスの経済記者の書いたノンフィクション。ストーリーの中心は人の動きであって、2008年の financial crisis の原因は何か、とか、見た目は好決算を出していた Lehman が半年もしないうちに倒産の憂き目にあったのはなぜか、という点に関して、テクニカルな面からの分析は主眼ではない。登場人物が多いので、せめて各金融機関の CEO の名前くらい知らないと取っ付きにくいかもしれないが、経済記事にあまり興味のない人にもおすすめ。

ウォールストリートの戦士たちというのは、よく働くんだねえ。こっちで Bank of America との合併のための diligence session をやり、あっちで平行して Barclays との session をやり、何時間以内に Paulson に進行状況を報告しないといけないとか、週末も夜中も関係ない。まあ、あの狂気のような給料、ボーナスを考えれば、これだけ働いてもまだまだ給料分働いてるとは言えないかもしれないけど。Paulson が Goldman の CEO から役人になったときに、部下のことを「この給料ではあんまりこき使うわけにいかんだろう」と思った、とあるのにはちょっと笑ってしまった。知人にも、投資銀行で荒稼ぎして40代でリタイア、などという人がいるが、あんな働き方を長く続けるのは常人には無理だろう。三菱UFJ が Morgan Stanley に出資するのしないという話の際、日本側が「もう夜更けなので上司を起こすのは無理だ」と言ったら、アメリカ側は「君、ここは一生に二度とないような重大な局面だ。ここで朝まで放っておいたら、あとで後悔するはめになるぞ」とプッシュするのも妙にリアル。

みんな、言葉遣い、柄が悪いね〜。F word や S word なしに一文を完結することができない模様。

このバックドロップの上で自分の家が2008年8月に売れたのは、今から考えると奇跡のよう。

ブッシュって、 Harvard Business School を出た MBA じゃなかったっけ?この本の中で Paulson から事態の説明を受ける彼は、ま〜ったく何もわかってないように描かれているけど。

[追記]
Nobuさんとこの掲示板で教えてもらった、三菱UFJがMSに振り出した$9 billion dollarsの小切手のコピー。
http://www.andrewrosssorkin.com/?p=355

テレビ映画化も決まったらしい。
http://www.huffingtonpost.com/2010/10/13/too-big-to-fail-cast-list_n_760910.html

Wake (お通夜)

昨日は聖歌隊や教会のオルガンのためにいろいろ尽力されたというドナーのお通夜のため、定期外の出動。これでネブラスカに来て三度目のお通夜だが、こういうのを経験すると、アメリカというのは非常に階層による違いが大きい社会であることがはっきりする。

はじめて行ったお通夜は、大学の職員。急死した若い人だった。未婚で決まったガールフレンドもなく、親御さんの家の近くでお通夜。参列者はおそらく実家の近所の人や、中学、高校時代の友人だろう。みんな平服。故人のお兄さん(30代前半?)なんか、ただのTシャツにツッカケみたいな格好だった。葬儀を行う教会の神父さんが来て、司式。社会階層的には、田舎のミドルクラスだと思う。

次に行ったのは、大学の教授。50代後半か60代前半くらいの、まだまだ現役だった女の人。無宗教のお別れの会、という体裁で、参列者はほとんど大学の関係者。ビジネススーツが多かったけど、日本みたいに黒ではなく、ダークカラー系。

これらのお通夜はどちらも葬儀屋のホールが会場。日本の結婚式場が神式、仏式、キリスト教式など、どんな宗派でも対応するのと似て、葬儀屋のホールもどんな宗派(あるいは無宗教式)にも対応する。うちの同居人の親戚の葬儀のときもそうだったが、お通夜は葬儀屋のホールでやって、葬式は教会で、というのが普通のパターンらしい。だから昨日、「お通夜で歌うから、教会行かなあかんねん」と言ったら、同居人が「えっ、お通夜やのに、本当に教会なんか?」と問い質したのである。

昨日のお通夜の故人は教会の重要なドナーと聞かされたのだが、いろいろ他の人の話も総合してみると、故人の義父(義祖父かも?)は連邦政府の閣僚で、大使にまでなった人だったとのこと。どうやら地元ではちょっとした名士だったらしい。教会に熱心だったことでも有名だそうで、そういう縁で、葬儀だけじゃなく、お通夜も教会でやることになったんだろう。これまでに行ったアメリカのお通夜の中では、参列者の服装がいちばんフォーマルだった。黒、濃紺、グレーといった色合いで、男性は子供も含めて皆スーツ、女性はスーツかワンピース。どうやら赤毛一家らしく、参列者の相当部分が赤毛!(聖歌隊は上のロフトに座るから、参列者の頭がよく見える。)棺の中の故人は銀髪だったが、若い頃は赤毛だったのかも。