商品珍配列

偶然か、わざとなのか、妙な商品配列の写真ばかり集めた記事を見かけたのでご紹介。はっきり言って、アメリカに住んでないと面白くないかも。

まずは入門編。日本人が見ても一目で「変」と思える写真。

銃のとなりに目出し帽。こんな銀行強盗を助長するようなことはしてはいけませんね。

次は中級。アメリカ社会における大麻の位置づけを知らないと、ピンとこないかも。

即席ブラウニーの箱の横に、「大麻取り締まり法案の改正(つまり大麻を合法化しようということ)を!」の表示が。大麻入りブラウニーというものがあるのです。

最後は上級編。

この本の表紙のハニティという人は保守派のコメンテーターで、リベラル派からは蛇蝎のように嫌われてます。 Douche というのは日本では一般的でないかもしれないけど、用途については Wikipedia をどうぞ。さらにスラングで douchebag というと非常に悪い意味。傲慢で腹立たしくてならない男性を指します。これだけの基礎知識を持ってこの写真を見直してみると、何が可笑しいのか理解できますね?ちなみにこの写真を拝借したリベラル系ニュースサイト Huffington Post の人気投票では、この写真が堂々の一番人気でした。

日本の凋落 — 今日の NYT から

今日の New York Times に The Great Deflation – Japan Goes From Dynamic to Disheartened という記事が。

この二十年の日本経済の凋落を扱った記事で、これといった新しい発見はない。不動産価格の低迷、これみよがしの消費の衰退、とくに若い世代が外に野心を向けなくなったことなど、これまで何度も言い古されたことをを論じているが、その中であれっ?と思ったのが、「生活レベルの低下」という指摘。たしかにこの記事の「主人公」の一人である中小企業のオーナーは、海外旅行を諦め、ベンツを手放し、17年前に買ったマンションを、買値の3分の1の値段で手放さざるを得なくなった。しかし、この記事には出てこないが、この「主人公」氏はおそらく最新型の携帯電話を所有し、ベンツから乗り換えた国産車も頻繁に新車に乗り換え、家のトイレはウォッシュレット、洗濯機は乾燥機能つきの front loader 全自動なんじゃないだろうか?そういう点は伏せておいて、ベンツを手放したことだけ書くのはちょっと酷い。それにマンションが買った時点より値下がりするのは、日本では昔から当たり前のことなんじゃないの?中古マンションが値上がりしてたのは、バブルの一時期の異常現象なんじゃないの?沈滞する消費動向の象徴として大阪の千林商店街がふさわしいのかどうかもわたしには疑問である。(ちなみにわたしは大阪出身。)

ただ、日本に漂う「活気のなさ」という指摘には頷ける。(これも言い古された問題点だが。)アメリカから日本帰ったときにいつも思うのだけど、とくに時刻表も調べずに東京駅に行ったら、10分おきに大阪方面行きの新幹線が出てる、それが定刻に発車するなんていうのは、これは世界標準でみたら信じられないほどすごいことなんだよ。こういうすごい国に住んでいながら、どうして皆、もっと自信を持てないのか、不思議でたまらない。それともこれは、高度成長期に育ち、大学時代はイケイケバブルだったお気楽世代の偏見か?

NYT とかが日本のデフレに注目するのは、日本が心配というよりは、今の世界的不況が「日本化」して、アメリカやヨーロッパも「失われた10年」「失われた20年」になるのではないかという懸念が原因である。わたしは経済のことは全く素人でしかないが、日本経済不振の背景には、純粋のお金の問題だけでなく、国民のメンタリティが影響を落としている部分が相当にあるのではないかと思う。日本では「失敗」は許されないから。それに引き換え、アメリカは今でもむき出しの野心とか欲望というものが許容される世界だし、失敗してもやり直しは効くし、イケイケメンタリティな外国人がどんどん入ってくるし、日本ほど鬱屈することはないんじゃないの、とお気楽世代は考えてしまうのだった。(もちろんこれには自己中心的な希望的観測も入っている。だって、わたしの老後資金は全部アメリカ国内にあるのだから、アメリカ経済に転けられると困るのだ!)

Gigi 近況

わんこがうちにやってきて、一年がほんの少し過ぎた。はじめは誰にでもなつく愛想のいい犬かと思っていたら、どうやら誰が飼い主が自覚しておらず、「誰かワタシを拾ってください」という意思表示だったらしい。いったんうちの同居人を飼い主と(自分で一方的に)定めてからは、同居人に対しては驚くばかりのハチ公状態。わたしのことは大きく引き離して二番目くらいに思ってるらしい。

来て一週間ほどで一度脱走した以外は、幸い事故や病気もなく、マイペースで暮らしている。ときどき食べた物を吐いたり、ハンストをしたりすることもあるが、様子を見てるうちに勝手に自分で問題を解決しているようである。

ご近影。


これは夏にコロラドに遊びに行ったときのもの。


今日のおいぬさま。耳毛が長くなりすぎて、餌皿の中に入るようになったため、大分トリムした。

オルガンのこと(その2)

聖歌隊のディレクターは本業オルガニストなのだが、彼女自身は現在は新しいオルガンの生徒は取っておらず、わたしのオルガンの先生は、別の人である。

6月にはじめてオルガンのレッスンを受けたとき、「どうしてオルガンを習いたいのか」と尋ねられた。教会がやってる音楽個人レッスンなので、模範解答は「典礼奉仕をしたいから」なのかもしれない。でも、あまり口から出任せでそんなことを言うのも何かと思ったので、「バッハのオルガン曲が弾きたいから」と答えておいた。(個人的にはバッハは弾くのは面白いが、趣味的に一番好きなのは後期ロマン派あたりである。マーラーの音楽などは、あのどよよ〜んと長いのにどっぷりと浸ることができるが、バッハの場合はどうもしゃんと背筋を伸ばして聞かないといけない気がして、だら〜んと浸るわけにはいかない。)

しかしこれまで知らなかったけれど、オルガンの世界では、バッハというのは完全に他とは別格の扱いなのですね。なにしろ、「バッハ以前」と「バッハ以降」で演奏テクニックすら異なるのである。ピアノではバッハといえどもここまで別格ではないものね。

そろそろペダルのある曲を弾いてもいいんじゃないというので最近取り組んでるのは、バッハのオルガン小品集 (Orgelbüchlein) のコラール前奏曲。Orgelbüchlein とは文字通り訳せば「ちっちゃなオルガンの本」という意味だが、(その上ご丁寧にもバッハは「初心者のための」と断り書きをつけている!)その可愛らしい名前とは裏腹に、短い単純そうなコラールが、これが手と足を同時に動かすとなると結構手強い。片足でオクターブ跳躍することに比べれば、平均律の4声のフーガの方がましだわ、とか思いながら悪戦苦闘中なのである。

Orgelbüchlein の Wikipedia ページ(英語)
Orgelbüchlein 楽譜
Orgelbüchlein 演奏(オルガン)(リンク先で Orgelbüchlein をクリック)

オルガンのこと

最近ブログの更新が滞っている理由のひとつはオルガンのせいである。聖歌隊のディレクターに「あなた、ピアノ弾けるんだったら、オルガンやったらいいわよ。」と煽てられたのに軽い気持ちでホイホイとオルガンのレッスンを申し込んだのが6月。以来、一週間がオルガンの練習中心に回る状態になってしまった。

念のために言い添えておくと、オルガンとはもちろんパイプオルガンのことである。日本の小学校の教室にあったリードオルガンではない。教会の聖堂内のあの大きなパイプオルガンでレッスンさせてもらえるのかと思ったら、レッスン、練習用は別の小さなオルガンがあるのだった。小さいとは言っても、ちゃんとパイプのついたやつである。電子オルガンではない。

最初はどうせ手だけの練習だろう、それなら家のピアノでまあまあ練習できるだろうと高をくくっていたら、なんと、最初からしっかりとペダルも平行して練習しなさいと!こればっかりはオルガンがないと練習にならないので、週に3回、オルガンの練習に教会に通っている。(家のピアノの前で足をパタパタ動かすというのも試してみた。畳の水練と笑うなかれ、結構役に立つことが判明した。)

これが聖堂内のでっかいオルガン
Pasi organ

America’s cheapest family

世の中、年収25万ドル以上でもカツカツの暮らしをしている家族もあれば、年収4万4千ドルで家族7人、無借金でやっているところもあるらしい。

ちなみにこの家族の名前はEconomidesさん。いかにも倹約家にふさわしい名前ではないか?(英語で「倹約する」という動詞はeconomizeという。)

この家族7人、年収4万4千ドルの話は結構有名らしく、本まで出しているという。そんなに有名で、本まで出しているのに、本当に年収4万4千ドルなのかとわたしなどは疑ってしまうのだが、まあ、彼らが実行していることは、どこの節約本、節約サイトでも推奨されていることがほとんど。今回の本のトピックはいかに食費を節約するかということらしいが、衝動買いはしない、セール(=食品の場合は、賞味期限ギリギリのものが多い)で安くなっているものを買う、見た目の値段に騙されず、同じ単位あたりの値段を比べる、エトセトラ。つまり一言でまとめると、Time is money。

これは非常に的を得た意見だと思う。そして、計画、比較に時間を割くことで食費を削減できるというのが事実なら、多少のプレミアムを払ってでも買い物に費やす時間を節約したい、という意見も許容されていいのではないかとも思うのである。