どうして日本の大学サイトにはメールアドレス検索がついてないの?

別に日本の全部の大学サイトを確かめたわけではないのだけど、いくつか仕事上の必要があってメールアドレスを調べようとしたら、日本の大学のサイトには directory 機能がついてないことに気がついた。(もちろんわたしが見落としていた可能性は十分ある。しかし、外部からの訪問者が見つけられないところに配置していたとすれば、それは存在しないも同然ではないか?)

アメリカの大学サイトというのは、インターネットが一般化しはじめた当初はご多分に漏れず Wild Wild West の様相を呈していたが、そのうちにどこの大学も一定のテンプレートに基づいた(と思われる)構成に落ち着いた。わたし個人的にはこのテンプレートは非常に使い勝手が悪いと思うのだが、いちおうどこでも似たような構成なので、どこをクリックすれば目的の場所にたどりつくか、一度学習すれば他所にも応用が効く。

それともう一つ重要なのは directory 機能である。論文には必ず corresponding author というものがあるが、これは「この論文の内容、ここで使った試薬、動物、細胞株などのお問い合わせはこの人にどうぞ」という意味で、大抵はその論文の「責任者」という意味合いを持つ。(ボスが下のポスドクに corresponding author をさせることもあるば、これは、「お前もそろそろいい歳になったんだから、一人前の大人らしいことをしなさい」という意味である。)これが、つい最近出たばかりの論文なら、論文に掲載された連絡先に連絡すればいいのだが、何しろ人の動きの激しいアメリカのこと、2、3年以上前の論文ともなれば連絡先が変わっている可能性が十分あるので、メールなどで問い合わせる場合はなるべく、大学のサイトの directory で変更のないことを確かめるようにしている。

アメリカの大学サイトの「お定まり」テンプレートでは、どこでも大抵トップページの右上のところに directory とか search とかいうのが付いていて、そこに目当ての人の名前を入れるとタイトル、キャンパスアドレス、電話番号、メールアドレスが出て来る。

ところが、これまでの経験では日本の大学のサイトには一括してメールアドレスを調べる機能がない。これが日本の考える「個人情報の保護」なのだろうか?

そう考えてみると、日本ではネット上で十分な情報を得ることが意外と難しい。研究者向けの日本語雑誌は、ネット上には目次しか置かないことが多いし(日本語雑誌に投稿しても、国外では読んでもらえないという点はさておき)、新聞サイトも紙の新聞よりずっと内容は薄い。(紙の新聞の内容の薄さは別問題。)一方、英語の雑誌に出る論文は、ネットでダウンロードするのが当たり前になってしまったから、医学部図書館なんてもう10年ほど行ったことがない(今の大学も前の大学も、図書館が物理的にどこにあるかも知らない)。学術雑誌の経営形態もこれに伴って大きく変わってきている。昔は個人ならびに図書館が払う定期購読料と広告が雑誌の収入源だったが、論文のデリバリーがネットに移り、この図式が崩れてきている。今でも何らかの形で購読料を払うか、論文一つごとにお金を払ってアクセス権を買うこともできるが、税金を使って行った研究成果を読むのにどうしてもう一度カネを払わないといけないんだという国民、議会の批判もあって、アメリカではNIHのグラントで行った研究は、出版から1年以内に誰でも無料でアクセスできるデータベースにデポジットしないといけないことになっている。では、この最初の1年間は必ず読者側がお金を払うのかといえば、必ずしもそうではなく、自分の論文をなるべく多くの人に読んでもらいたいと思う研究者は、お金を払って自分の論文のアクセス料を無料にすることすらできる。

こういう環境がこの10年で当たり前となってしまったので、逆に日本のようにネットで本当に重要な情報を簡単に得ることができない環境というのが不思議なのである。(ついでに、コンピューターの前を離れることなく論文を読むことに慣れた立場からすれば、電子書籍の是非なんて論議するのも可笑しい、これは if ではなく when の問題である。ただし iPad はあの重さでは通勤電車の中で読むには不向きだろう。)

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