生誕二百年

今年はリンカーンの生誕二百年で、奇しくも史上発の黒人大統領の就任と重なり、それなりに一大行事らしいのですが、本業の関係で購読している雑誌の一大行事はダーウィン生誕二百年。なるほどと思って調べてみると、驚いたことにリンカーンとダーウィンの誕生日は同じ日なんですね。つまり、1809年2月12日には、リンカーンとダーウィンという二人の有名人が生まれたことになる。

進化論というのは、日本ではああそうですかと、大した社会問題になることもなく受け入れられていると思うのですが、アメリカではそうはいかない。どうやら、人間とそれ以外の生物は最初から出来が違うという偏見に凝り固まった連中にとっては、人間がサルと祖先を同じくするという考えはどうしても許せないらしい。かくして、「進化論は学説の一つに過ぎず、別の学説も学校で理科の授業で教えるべきだ」とかいう珍妙な論理が大手を振ってまかり通ることになる。この人たちの言う「別の学説」とは、おおまかに言えば「この世界を形作ったのは自然淘汰ではなく、人間には計り知ることの出来ない知性を持った存在がこの世界を導いている」というもの。もともとは「神がこの世界を導く」と言っていたものを、そのままでは憲法の政教分離の原則にひっかかって公立学校で教えることができなくなるので、「神」という言葉の代りに「人間以上の存在」という持って回った言い方をするようになったものである。

哲学や宗教史の授業ならともかく、これを理科の時間に教えろという議論を聞くたびに、アホらしくて吐き気がする、というのがわたしの正直な感想である。これが科学的に根拠のある「別の学説」だというのなら、理科の時間に天動説も教えなきゃならないし、元素の周期表なんかとんでもない、この世界は水、空気、火、土の四元素から出来ているという説も復活させねばならないだろう。だいたい、病気になったらそこいらの医者にかかるなんてとんでもない、四体液説に乗っ取って、黒胆汁、黄胆汁、血液、粘液のバランスを治すことに専念するのがよいのではないか?

機会あるごとに登場する、この不可解な進化論否定論。いちばん腹立たしいのは、一般住民のアンケートなどで、結構多数の人が「進化論以外の学説を学校で教えるのって、いいことじゃないの?」とこの否定論側の屁理屈に完全に飲み込まれていることである。

2 thoughts on “生誕二百年

  • February 10, 2009 at 3:35 am
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    哲学や宗教が、いわゆる理科と同じレベルで論じられることが、面白いですよね。
    理科的な頭は持っているけど、哲学や宗教はどうも苦手なもので・・・・。
    でもそういう人種もいるという事で、面白いなって感じるのは傍観者だからでしょうか。

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    • February 10, 2009 at 10:24 pm
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      「地球は数千年前に神様が作った」と本気で信じてる人が結構いるんですよね、冗談じゃなしに。その中には医者や理系のPhDの人もいるようです。アメリカの教育委員会はたいがい選挙で選ぶので、そういう考えを持ったひとたちが多数を占めると、学校の指導要綱にそれが反映されるようになります。「科学」というのは選挙の多数決で決めるもんじゃないのに、どうもそれがこの国の人たちにはわかってないようです。

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